ロック探偵のMY GENERATION

ミステリー作家(?)が、作品の内容や活動を紹介。
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F.W.クロフツ『樽』

2020-03-14 17:34:10 | 小説

 

F.W.クロフツの『樽』を読みました。

以前、松本清張の『点と線』について書きましたが、その解説に語られるところによると、清張は、ミステリーを書くにあたってクロフツに影響を受けているそうです。そこで、ミステリーキャンペーンの一環としてそのクロフツの代表作とされる『樽』を読んでみようと思いました。

恥ずかしながら、この作家の作品を読むのは初となります。

しかし、それもやむをえない点はあるでしょう。
私が読んだ新装の文庫には有栖川有栖さんが文章を寄せているんですが、それによると、近年クロフツという作家は埋もれた存在になっているそうです。かつて『樽』は「古典ミステリートップ100」のような企画をやるとトップ10に入っていたといいますが、今では知る人ぞ知る作品という感じになっているのです。

まあ、そんなもんでしょう。

音楽でいえば、バーズみたいなことじゃないでしょうか。かつて一世を風靡したけれど、時代が進むにつれて時の流れのなかに埋没していき、今では一部のマニアのあいだで語り継がれるばかりという……

ただ、そういうアーティストが実は後世につながる重要な要素を残していたりします。

クロフツの場合でいえば、この人は「アリバイ崩し」の祖といわれているそうです。
『樽』にも、そういう要素は出てきます。鉄壁のアリバイをどう崩すか……そして、そのアリバイ崩しという部分が、清張の『点と線』につながっているわけです。捜査者が電車の時刻表とにらめっこするところなんかは、その顕著な例でしょう。
そしてもう一つ、ふたたび有栖川有栖さんによると、クロフツはミステリーにリアリズムを持ち込んだ作家ということです。
この点も、清張につながってくるでしょう。シャーロック・ホームズのような天才的な探偵ではなく、ごく一般的な人物が地道に歩き回って手がかりをつかみ、推理していく――という趣向。これもまさに、清張ミステリーの世界です。

ここで、作品の内容についても書いておきましょう。

タイトルが示すとおり、「樽」が重要な役割を担います。
港での荷役作業中、樽に詰められた女性の死体が発見され、その謎をめぐって物語が展開していくのです。
その導入は秀逸ですが、しかしこの部分には、見過ごせない瑕疵が指摘されており……そんなところも、『点と線』と共通しています。
清張のことを意識して読むと、文章の構成なんかも似ているような気がしてきます。ただ、やけに冗長な部分があったり、かと思えば、本来数ページ費やしてしかるべきところがさらりと書き飛ばされている箇所があったりと、文章はあまりこなれていない感も。

最終的な解決については、ネタバレになるので書きませんが……
複雑そうにみえて実はシンプルな解決です。ただ、アリバイ崩しのほうについては、いささかぬるい気がしました。特に、電話の件は記録を調べればわかったのではないかという疑問も……

しかしながら、細かい部分はともかくとして、新しい趣向を取り入れた点において、この作品がミステリー史における記念碑的な存在であることはたしかでしょう。