ロック探偵のMY GENERATION

ミステリー作家(?)が、作品の内容や活動を紹介。
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堤未果『アメリカから〈自由〉が消える』

2018-09-11 16:58:23 | 
今日は9月11日。

2001年に、アメリカ同時多発テロの起きた日です。

あれから17年……

去年は、イーグルスが9.11のテロに触発されて作った「ホール・イン・ザ・ワールド」という曲を紹介しましたが、今回は、同時多発テロ後のアメリカ社会の変化について、思うところを書いてみようと思います。

同時多発テロは、その後のアメリカ社会にも大きな変化を引き起こしました。
このブログでも折に触れて書いてきたように、セキュリティの意識が高まりすぎて、過剰防備の状態になってしまい、社会にある種の圧迫感や閉塞感をもたらしているということでしょう。
その点について、堤未果さんの『アメリカから〈自由〉が消える』(扶桑社新書)という本を参考にして、書いてみようと思います。

この本には、アメリカの一種異常ともみえる状況が描かれています。
たとえば、法で禁じられているにもかかわらず市民団体に「スパイ」を潜入させる、学校内で学生新聞を担当している教師の教室に監視カメラが密かにしかけられる……果ては、「デスノートごっこ」をしていたという理由で小学生が逮捕されるなんてことまであったそうです。
悪名高きナショナル・セキュリティ・レターというものもあって、これは令状なしに召喚を求めることができるというもので、17世紀の権利章典とかそういうところまでさかのぼる話になっています。
また、愛国心の名のもとに、メディアへの締め付けも強化されます。
問題なのは、それがどんどん拡大されていき、安全保障と呼べるのかという領域にまで広がっていくことです。
堤さんの前掲書では、ハリケーン「カトリーナ」の被災地で住民の健康被害を取材したBBCの記者がNSAに告訴されたという話が紹介されています。NSA(国土安全保障省)というのは、盗聴やら監視といったことをやっている怪しげな組織で、映画『エネミー・オブ・アメリカ』なんかでその恐ろしさが描かれていましたが、あの映画はあながち誇張でもないということでしょうか。災害対応という安全保障とも呼べないようなことで、そういうことをやるわけです。まあしかし当人たちは、いやこれは立派な安全保障だと言い張るんでしょうが。
メディアの締め付けという話では、アメリカ財務省がSWIFTというシステムから秘密裏に個人情報を盗み出していたことをNYタイムズとLAタイムズがスクープした話も出てきます。
これに当時のブッシュ大統領は「国の安全保障をおびやかした」と激怒したそうですが、それに対するNYタイムズの編集長ビル・ケラーの反論が紹介されています。
「私は、正確な報道は国にとっての利益になると信じている。/九・一一以降、イラクで行われている暴力について報道した記者たちはみな、敵側に有利な情報を与えたとして批判にさらされている。/この国の建国者たちは、大統領の言葉をうのみにしたり、報道内容に関する重要な決定を政府にゆだねることを、決して賢明とも愛国的だとも思わなかったはずだ……」
至極まっとうな意見だと思いますが、保守系のメディアはこれを徹底して叩いたそうです。

話は、マスメディアだけにとどまりません。
イラク反戦デモの映像をアップしたブロガーが、その資料を当局へ提供することを拒否したために収監されたという話もあります。
そしてきわめつけは、オバマ政権時にホワイトハウスのブログが発した「政府の政策に反対する者がいたら通報してください」というメッセージですね。「医療改革法案」をめぐって、「間違った情報がインターネットや日常会話を通して次々に広まり、人々に不安を与えることを避けるため」ということなんですが、もう無茶苦茶でしょう。

いつだか、テロ後のアメリカ社会を扱ったドキュメンタリーで、出演者がこんなことをいっていました。

安全のためにといって自由を手放すしていくと、最終的には両方とも失ってしまうことになる。

同時テロ後のアメリカは、まさにこういう方向に行ってしまってると思いますね。このことから日本が学ぶべき教訓は、決して少なくないでしょう。

大岡昇平『ながい旅』

2018-05-31 19:39:49 | 


 

大岡昇平の『ながい旅』という本を読みました。

久しぶりに大岡昇平の小説でも読むかと思って手にとってみたら、これが小説じゃありませんでした。

大岡は戦争体験をもとにした戦記的作品でも有名ですが、この『ながい旅』もその系統です。

ただしテーマは戦争そのものではなく、戦後に行われた戦犯に対する裁判。
B級戦犯として起訴された岡田資中将という人についての記録です。

B級戦犯のなかではかなり有名な人らしいですね。
太平洋戦争末期、日本に空襲にきたB29は何機かが日本側の迎撃で撃墜されていて、脱出したパイロットが捕えられるケースがいくつかありました。そのパイロットをきちんとした法的手続きを踏まずに処刑したということで関係者が起訴されており、岡田中将もその一人です。
中将は、この法廷闘争を“法戦”と位置付け、処刑に関する責任を一身に背負いつつ、検察や裁判官側たちと堂々とわたりあいます。その姿勢に、大岡は惹かれたようです。

裁判の内容それ自体については、どうなんだろうなあ……と思う部分が多いですね。
「戦争をしている当事国が敵国の人間を自分たちの法理で裁く」という構図自体がまず話をわかりにくくさせているわけですが、日本側が戦時中に捕えた米兵に対してとった措置も、結局はそれと似たようなことになっていて、どっちの主張もブーメランのように自分に返ってくる……そんな印象でした。

裁判そのものよりも、この本を読んでいて印象に残ったのは、責任者たちの無責任さですね。

大岡は、責任を負うことから逃げない岡田の姿勢に感服したわけですが、それは裏を返せば、そういう人が非常に珍しいということでもあります。大岡自身、この本のなかで『レイテ戦記』執筆中の感想として「軍人は上級になるほど政治的になり、ずるくなる」といっています。「が、軍司令官クラスには立派な人もいることを知った」ということで岡田中将について書いたわけです。

無責任……の例として挙げていいかどうかはわかりませんが、この本の中ではO法務部長という人物が出てきます。
問題となった米パイロットの処刑について、このO法務部長は、自分は聞かされていなかった、後になって知った、と主張します。法務部長という立場上、処刑というものに関与していたと考えるのが自然で、他の関係者たちも多くが「彼が知らなかったはずがない」と証言しており、知っていたことをうかがわせる記録もあるのですが、それについては「そういうことにしておくようにいわれて断れなかった」というようなことをいいます。まあ、事実そうなのかもしれないので彼が嘘をついていると断言はできませんが……では確かめようとしても、戦時中の行政記録は終戦時に大量に焼き捨てられていて確かめようがない、真相はやぶの中ということになるのです。

なんだか、いま政官界で起きていることとそっくりじゃないでしょうか。

上に行くほどずるいという体質を、日本はずっと引きずっているんだなあ、と思わされます。
記録がない、記憶はあいまい……そのなかで責任がうやむやにされてしまい、結局だれも責任を負わない。そんな感じだから、ああいう無茶な戦争に突っ走っていったという部分があることは否定できないでしょう。無責任体質を放置していたらこの国はまた滅茶苦茶なことをやってしまうんじゃないかと、そのことが気がかりです。




深尾光洋『日本破綻 デフレと財政インフレを断て』

2018-01-28 21:16:48 | 
深尾光洋さんの『日本破綻 デフレと財政インフレを断て』(講談社現代新書)という本を読みました。

“日本破綻”とは、なかなかショッキングなタイトルですが、デフレをなんとかしないと日本の財政が破綻しかねないぞ、という内容です。

発表されたのは、2001年。
当時はまだ国の借金も(今と比べれば)そこまで深刻ではありませんでしたが、デフレを脱却しないとまずいということで、そのための提言をしています。

その中身は、国債の買取や、株価に連動した金融商品などの買取による積極的な量的緩和、そしてマイナス金利の導入……

この五年ほど黒田総裁のもとで日銀がやってきたことの多くは、この本で提言されている内容に沿ったものといえるでしょう。
かなり専門的な内容で私の理解が追いつかない部分もありましたが、基本的には、なるほどそういうものかと納得させられる話が多いです。

デフレを脱却しなければならないというのはそのとおりでしょう。

しかし、ではその対策として、果たして量的緩和やマイナス金利は有効なのか……ということになると、そこには首をかしげます。

実際それをやってみて、日本経済がデフレから脱却しているとは言い難い現状があります。
二、三年ならともかく、“異次元緩和”をはじめてからもう何年も経ったわけですから、このやり方に本当に効果があるのかということを検証しなければならないでしょう。
というよりも、実はもうすでに日銀自身、その失敗は半ば認めているんですね。
先日、日銀の政策決定会合では現状維持が確認されたということですが、実はその裏側で、もうすでに“異次元緩和”は事実上手じまいにむかって動いているといわれます。緩和によってインフレを起こすという政策は、その目的を果たせないままに終わろうとしているのです。

なんだか批判的な書きぶりになってしまいましたが……べつに、この著者の方をディスろうというわけではないんです。
いまの日銀のやり方で本当に大丈夫なのか。このことは考えておく必要があります。
ついでなので、そのあたりについてもう少し書いておきましょう。

人工的にインフレを起こすということの可否以前に、そもそも論として、物価上昇が経済をよくするとは私には思えません。

先日読売新聞に載った記事によると、消費者が肌で感じる“体感インフレ率”は5%ほどにも達しているといいます。この状況に、消費者は支出の抑制でこたえ、その結果消費が伸びないのが現状でしょう。そこへ物価がどんどん上がっていって、それで景気がよくなるとは思えません。
企業業績は好調でも、一般の人はどんどん窮乏していく。それが世の中全体をぎすぎすさせている……それが現状ではないでしょうか。