山菜の時期となった。スーパーに行くと私などの子供の時は見向きもされなかったようなものが売られている。
「フキノトウ」「タラノメ」「コゴミ」「行者ニンニク」「うど」「山蕗」などなど、「ウド」「蕗」はポピューラーな山菜として多くの方に食べられては来ましたが、「タランボの芽」「フキノトウ」などは食べるものと考えられてもいなかった。
私は上川育ちで、山菜は随分食べて育ちましたが、今でも記憶に残っているは「やちぶき」「蕗」「ワラビ」「根曲がりだけの竹の子」、ちたまに「アイヌネギ」位だった。
他の山菜が無いわけではなかったけれど、食べるもののように思わなかった。
それが今や珍味として売れているのだ。
そんな風潮に誘われていつの間にか、山菜を食べる種類も多くなった。
5年くらい前までは、連休の時期頃から穴場を知っていて、採りに行ったものでした。蕗は漬けておいて冬の野菜にしたものでした。「ウド」も天然物の味は格別で随分食べたものでした。
山菜取りは、収穫物を手に入れる喜び以外にあの山間の空気が心を癒してくれた。あらゆる喧騒から開放され、しじまを破る鶯の鳴き声は山間に広がり私の心に染みいるのでした。
そんな穴場に私を連れて行ってくれた義兄も他界し、私も肺気腫が進んで山道を歩くことが出来なくなってしまった。あの頃は熊の心配など全くしなかったけれど、今はそんな心配をしなければならないのでしょうね。
「フキノトウ」「タラノメ」「コゴミ」「行者ニンニク」「うど」「山蕗」などなど、「ウド」「蕗」はポピューラーな山菜として多くの方に食べられては来ましたが、「タランボの芽」「フキノトウ」などは食べるものと考えられてもいなかった。
私は上川育ちで、山菜は随分食べて育ちましたが、今でも記憶に残っているは「やちぶき」「蕗」「ワラビ」「根曲がりだけの竹の子」、ちたまに「アイヌネギ」位だった。
他の山菜が無いわけではなかったけれど、食べるもののように思わなかった。
それが今や珍味として売れているのだ。
そんな風潮に誘われていつの間にか、山菜を食べる種類も多くなった。
5年くらい前までは、連休の時期頃から穴場を知っていて、採りに行ったものでした。蕗は漬けておいて冬の野菜にしたものでした。「ウド」も天然物の味は格別で随分食べたものでした。
山菜取りは、収穫物を手に入れる喜び以外にあの山間の空気が心を癒してくれた。あらゆる喧騒から開放され、しじまを破る鶯の鳴き声は山間に広がり私の心に染みいるのでした。
そんな穴場に私を連れて行ってくれた義兄も他界し、私も肺気腫が進んで山道を歩くことが出来なくなってしまった。あの頃は熊の心配など全くしなかったけれど、今はそんな心配をしなければならないのでしょうね。