seishiroめもらんど

流野精四郎&東澤昭が綴る読書と散歩、演劇、映画、アートに関する日々の雑記帳

虫めづる人々

2013-03-22 | アート
 16日(土)、東京芸術劇場展示ギャラリーでの障害者美術展「ときめき想造展」に顔を出した後、雑司ヶ谷にある「としまアートステーションZ」(豊島区立千登世橋教育文化センター地階)で開催されている「ひびのこづえ 虫をつくるワークショップ展覧会:みんなの虫あつまれ!」展に足を運んだ。(3月24日:日曜まで開催)
 本展は、「としまアートステーション構想」事業のアートプロジェクトとして、2012年7月から毎月開催されてきた「虫をつくるワークショップ」での制作作品が一堂に会するものだ。

 このワークショップは、コスチューム・アーティスト:ひびのこづえ氏が、としまアートステーション「Z」の空間を、参加者がのんびり時間を過ごしながら、創作活動を行い、制作や作品を通し、周りの人とコミュニケーションをとることのできる時間や場所にしたいとの思いから実現したもの。
 ひびの氏のアドバイスのもと、ひびの氏自身が舞台衣装等の作品制作で使用した生地を使い、参加者一人ひとりが想像する「虫」のブローチをつくってきた。
参加者それぞれがイメージしたものを自分の力で作り上げるというもので、安全ピンをつけ、ブローチとして胸に飾って撮影を終えたら完成となる。
 ワークショップには、子どもからお年寄りまでさまざまな人々が参加し、つくられた虫は600匹以上。今回はその中から集まった虫たち約270匹を展示、さらに参加者それぞれが虫のブローチを胸につけた写真も会場の壁一面に展示されている。

 ワークショップ参加者からは、「いろんな人と同じ場所でつくることが楽しかった」「皆それぞれ個性的な虫を作っていて刺激的だった」との声が上がっており、他の人が作り上げた「虫」を見に来る人も多く、新たなコミュニケーションの場ともなっている。
 としまアートステーション構想事務局のスタッフは、「制作者一人ひとりの個性豊かな虫が展示されています。作品を通じての出会いがあるかもしれません。是非、楽しんでいただければ。」と来場を呼びかけている。(以上、展覧会の報道資料から)

 実に面白い。展示を見ながらいろいろなことを感じたのだが、「虫をつくる」ということで集まった見知らぬ人々が、同じ場所、同じ時間を共有しながらそれぞれの作業を進め、お互いの作品を見て観察し、感想を言い合ったり、世間話をしたりするなかで緩やかに結びつくさまが何ともいえず良いではないか。
 大上段に振りかぶった「地域コミュニティ」や「絆」の創出などではなく、アートを介して自然に会話が生まれ、コミュニケーションが育まれていく。既成の制度化された地縁としてのコミュニティとは異なる場所から新たに生まれるソーシャル・キャピタルのような予感がそこにはある、そんな気がする。

 それにしてもなぜ「虫」なのだろうか。
 ご多聞にもれず、私もまたその昔「昆虫少年」だったことがある。近所の林や田畑を経巡って採集した蝶やセミ、カブトムシなどを、防腐処理を施して虫ピンでとどめ置く、そんなある種倒錯した至福の根源は何によるものなのか。
 宇宙全体をわが物とする、という言いぐさはいかにも大げさだけれど、ひと箱の昆虫標本にはその時々の自分自身がまるごと凝縮されている、そんな感慨は誰にも共通のものなのではないだろうか。
 「虫をつくる」ことには、そんな共通項を無意識に掘り起こす作用がはたらいていたのかも知れない。その過程で人と人が出会い、会話を重ねることには思いのほか深い意味が隠されているのだろう。
 堤中納言物語に登場する「虫めづる姫君」は蝶ではなく毛虫などの恐ろしげな虫を愛し、服装や動作もことごとく伝統習俗に反逆する異端の姫君だったけれど、物事の本質や真理の大切さを誰よりも感じることのできる姫君だった。
 そんな「虫めづる姫君」たちの集まった「虫をつくるワークショップ」は、意外にも想定外の部分で現代社会の本質的な課題やアートの秘密に肉迫しようとしていたのに違いない。

 さて、そうして壁一面に貼り出された、ワークショップ参加者たちの胸に虫のブローチを飾ったたくさんの写真を眺めるとき、これはまるでよく出来た昆虫標本そのものではないかとも思えて、不思議な夢を見たあとのような気がするのだった。

障害者美術展を観る

2013-03-18 | アート
 3月16日(土)午後2時半、東京芸術劇場5階展示ギャラリーでこの日まで開催されていた豊島区障害者美術展「ときめき想造展」の表彰式に出席した。
 豊島区在住・在勤・在学または区内施設に通所・入所する障害を持った人たちの展覧会で今回が6回目となる。主催:豊島区・豊島区社会福祉協議会、共催:財団法人日本チャリティ協会。
 61点の応募作品のほか、歴代最優秀賞受賞者の作品12点、障害者アート教室の作品16点が展示され壮観である。
 今回、最優秀作品賞を受賞したのは久保貴寛さんの「高原の街並み」で、遠く低い山並みの上を雲が流れ、その手前にヨーロッパ風の建物が立ち並んで街並みを作っている。画面の3分の2ほどは菜の花畑が占め、その真ん中を街につながる道が続いていて、2匹のウサギが寄り添うように歩いている。街の上には気球が浮かび、そんな街並みを雲と一緒にのんびりと眺めている、そんな絵である。
 表彰式終了後、ご挨拶した久保さんとお母様からは、ご自身の作品81点を収めた素敵な画集をいただいた。画集に収載された作品を見ながら、久保さん独特の世界が広がっているのを感じて感嘆する。
 私は絵画に関してまったくの素人なので的確なことを言えないのだが、展示された作品からは、見る側の感性であったり、感受性であったり、人間性そのものが逆照射されるのを感じる。なかなか怖い作品たちなのだ。

 さて、今回の展覧会では、特別企画として、NHK大河ドラマ「平清盛」の題字で一躍日本中に知られることとなったダウン症の書家・金澤翔子さんの作品展が同じギャラリーで同時開催されていた。
 金澤翔子さんとは書の師でもあるお母様とご一緒に12日(火)、作品展の初日にお会いすることが出来た。その小柄な身体のどこからあの力強い作品が生まれるのかと訝しく思えるほどだが、日常の翔子さんはどこまでも無垢で愛らしい。
 一方、その書の修行は相当に厳しいようで、必ず涙を流すほどだというが、その涙を乗り越えるとまさに神が降りてきたとしか思えない瞬間があるのだそうで、そこからあの作品群が生まれたのだ。
 絵画以上に書にはまったく造詣のない私だが、その作品のパワーは十分に感じることができた。多くの人がこれらの作品を前にして元気付けられ、生きるための一歩に向けて背中を押してくれるような励ましを感じたに違いないのだ。
 得がたい貴重な瞬間なのだった。