もう一週間が過ぎてしまったが、先週月曜の午後から降り始めた雪が、交通網を撹乱しながら、東京の町全体を真っ白な雪景色に覆ったかと思えば、翌日の陽気でその夕刻にはもう道路は乾いてしまっていた。
朝にはぐしゃぐしゃにぬかるんだ道を歩いていたのでその落差に驚いてしまったものだが、週末になっても少し路地に入った日の当たらない家の陰などには根雪が残っていて何となく風情を感じたりしたものだ。(雪国の人たちには申し訳ないようだけれど……)
そんなふうに雪が降り積もったりするたびになぜだか思い出すのが、梶井基次郎の「泥濘」や「雪後」といった小説だ。
「泥濘」では、雪の降ったあと、実家から届いた為替を金に替えるために主人公が銀行に出かける。「お茶の水から本郷に出るまでの間に人が三人まで雪で辷った」「赤く焼けている瓦斯暖炉の上へ濡れて重くなった下駄をやりながら自分は係りが名前を呼ぶのを待っていた」といった文章が印象的に記憶に残っているのだが、この小説が書かれた昭和初年の頃の舗装も施されていない東京の町並みが思い浮かぶ。
一方、「雪後」の中では、地味な研究生活を送る主人公が、文学をやっている友人から聞いたというロシアの短篇作家の書いた話をその妻にする。
少年が少女を橇遊びに誘う。橇に乗って風がビュビュと耳もとを過ぎる刹那、少年が「ぼくはお前を愛している」と囁く。それが空耳だったのかどうか確かめたいばかりに今度は少女が何度も少年を橇遊びに誘い、その声を聞こうとする。
「もう一度!もう一度よ」と少女は悲しい声を出した。今度こそ。今度こそ。
やがて二人は離ればなれの町に住むようになり、離ればなれに結婚するが、年老いても二人はその日の雪滑りを忘れなかった――という話だ。
すでにご存知の方も多いと思うけれど、これはチェーホフの短篇小説で、「たはむれ」あるいは「たわむれ」というタイトルでよく知られている作品である。井上ひさし氏も「人生はあっという間に夢のように過ぎてしまうという生の真実をあざやかに書いている」として絶賛していたらしい。
私はこれを最初に講談社文芸文庫版の木村彰一の訳で読んだ。なんて素敵な小説だろうと思ったものだ。
その同じ小説が、昨年9月に刊行された沼野充義氏による「新訳 チェーホフ短篇集」の中では「いたずら」という題名で紹介されている。沼野氏の解説では、「いたずら」と訳しているものとしてあとは松下裕氏のものがあるくらいとのこと。
原題のロシア語は「ちょっとしたおふざけ」くらいのニュアンスで、「たわむれ」も悪くはないのだが、現代では少しきれいごとに過ぎるような気がして「いたずら」を採ったとのことだ。
この小説をチェーホフははじめに1886年に発表したのだが、それを1899年に改訂し、結末部分を大きく書き替えている。最初の発表時、チェーホフは開業医として仕事を始めてまもなく、ユーモア作家として短篇を書きまくっていた頃で、一方、改訂版の時にはすでにシリアスな大作家としての地位を確立していた時期である。
一般に知られているのはその改訂版なのだが、沼野訳の短篇集では、その両方を上下2段に並べて提示するという面白い「いたずら」をしている。
読者に対して、さあ、お好きな方をお読みください、というわけだ。
沼野氏はそのほかにもこの短篇集でさまざまな翻訳上のいたずらを仕掛けているのだが、それは好みもあるだろうし、読んでのお楽しみというところ。
それにしてもこの「新訳短篇集」はそれぞれの作品に付された解説が充実していて面白い。初めて知るような発見があってナルホドなあと思ってしまう。
この「いたずら」という作品に関しては、多くの女性を惹きつけながら、結局普通の男女関係になかなか踏み込もうとしなかったチェーホフの恋愛に対する態度を反映したもの、という見解を示している。
さらには通俗的なフロイト的解釈として、処女の純白を思わせる雪に覆われた丘を燃えるような赤いラシャ張りの橇に乗り、少女は男にそそのかされ、奈落の底に落ちるように飛んでいく。その刹那、男は恍惚感の絶頂で少女に囁きかける。その意味するところは説明を要さない、という訳だ。
この深層心理の解釈に感心はするものの、なかなか同意はし難い。もっとも少年少女それぞれのその後の結婚生活が完全に幸福なものであったとは到底思えないわけで、そうした生活の中で夢見る、自分たちが獲得したかもしれない官能のあるべき姿がその記憶=思い出に投影されているということは言えるのだろう。
そうした目でもう一度梶井基次郎の「雪後」を読み返してみると、以前はどうしてこのエピソードが挿入されているのかその意図を測りかねていたのが、何となく感得できるように思えてくる。
「雪後」には、お産を控えた若い妻のいる結婚生活と主人公の苦しい研究生活が対比され、そこに社会主義運動に関わる友人の姿をとおして当時の社会状況が点描される。
さらに、このチェーホフの短篇のエピソード、女の太腿が赤土の中から何本も何本も生えているという夢の話、姑が見たという街の上でお産をする牛の話などが加わってこの小説は構成され、それらの要素が渾然となって、一人の若い研究者の不安と希望が象徴的に描かれているのである。
梶井がこの小説を書いたのは、チェーホフ没後22年経った頃だ。いわば同時代の現代作家といってよいだろう。
それから85年。いま、チェーホフも、梶井基次郎も、同時代の作家として私たちとともにいる。
朝にはぐしゃぐしゃにぬかるんだ道を歩いていたのでその落差に驚いてしまったものだが、週末になっても少し路地に入った日の当たらない家の陰などには根雪が残っていて何となく風情を感じたりしたものだ。(雪国の人たちには申し訳ないようだけれど……)
そんなふうに雪が降り積もったりするたびになぜだか思い出すのが、梶井基次郎の「泥濘」や「雪後」といった小説だ。
「泥濘」では、雪の降ったあと、実家から届いた為替を金に替えるために主人公が銀行に出かける。「お茶の水から本郷に出るまでの間に人が三人まで雪で辷った」「赤く焼けている瓦斯暖炉の上へ濡れて重くなった下駄をやりながら自分は係りが名前を呼ぶのを待っていた」といった文章が印象的に記憶に残っているのだが、この小説が書かれた昭和初年の頃の舗装も施されていない東京の町並みが思い浮かぶ。
一方、「雪後」の中では、地味な研究生活を送る主人公が、文学をやっている友人から聞いたというロシアの短篇作家の書いた話をその妻にする。
少年が少女を橇遊びに誘う。橇に乗って風がビュビュと耳もとを過ぎる刹那、少年が「ぼくはお前を愛している」と囁く。それが空耳だったのかどうか確かめたいばかりに今度は少女が何度も少年を橇遊びに誘い、その声を聞こうとする。
「もう一度!もう一度よ」と少女は悲しい声を出した。今度こそ。今度こそ。
やがて二人は離ればなれの町に住むようになり、離ればなれに結婚するが、年老いても二人はその日の雪滑りを忘れなかった――という話だ。
すでにご存知の方も多いと思うけれど、これはチェーホフの短篇小説で、「たはむれ」あるいは「たわむれ」というタイトルでよく知られている作品である。井上ひさし氏も「人生はあっという間に夢のように過ぎてしまうという生の真実をあざやかに書いている」として絶賛していたらしい。
私はこれを最初に講談社文芸文庫版の木村彰一の訳で読んだ。なんて素敵な小説だろうと思ったものだ。
その同じ小説が、昨年9月に刊行された沼野充義氏による「新訳 チェーホフ短篇集」の中では「いたずら」という題名で紹介されている。沼野氏の解説では、「いたずら」と訳しているものとしてあとは松下裕氏のものがあるくらいとのこと。
原題のロシア語は「ちょっとしたおふざけ」くらいのニュアンスで、「たわむれ」も悪くはないのだが、現代では少しきれいごとに過ぎるような気がして「いたずら」を採ったとのことだ。
この小説をチェーホフははじめに1886年に発表したのだが、それを1899年に改訂し、結末部分を大きく書き替えている。最初の発表時、チェーホフは開業医として仕事を始めてまもなく、ユーモア作家として短篇を書きまくっていた頃で、一方、改訂版の時にはすでにシリアスな大作家としての地位を確立していた時期である。
一般に知られているのはその改訂版なのだが、沼野訳の短篇集では、その両方を上下2段に並べて提示するという面白い「いたずら」をしている。
読者に対して、さあ、お好きな方をお読みください、というわけだ。
沼野氏はそのほかにもこの短篇集でさまざまな翻訳上のいたずらを仕掛けているのだが、それは好みもあるだろうし、読んでのお楽しみというところ。
それにしてもこの「新訳短篇集」はそれぞれの作品に付された解説が充実していて面白い。初めて知るような発見があってナルホドなあと思ってしまう。
この「いたずら」という作品に関しては、多くの女性を惹きつけながら、結局普通の男女関係になかなか踏み込もうとしなかったチェーホフの恋愛に対する態度を反映したもの、という見解を示している。
さらには通俗的なフロイト的解釈として、処女の純白を思わせる雪に覆われた丘を燃えるような赤いラシャ張りの橇に乗り、少女は男にそそのかされ、奈落の底に落ちるように飛んでいく。その刹那、男は恍惚感の絶頂で少女に囁きかける。その意味するところは説明を要さない、という訳だ。
この深層心理の解釈に感心はするものの、なかなか同意はし難い。もっとも少年少女それぞれのその後の結婚生活が完全に幸福なものであったとは到底思えないわけで、そうした生活の中で夢見る、自分たちが獲得したかもしれない官能のあるべき姿がその記憶=思い出に投影されているということは言えるのだろう。
そうした目でもう一度梶井基次郎の「雪後」を読み返してみると、以前はどうしてこのエピソードが挿入されているのかその意図を測りかねていたのが、何となく感得できるように思えてくる。
「雪後」には、お産を控えた若い妻のいる結婚生活と主人公の苦しい研究生活が対比され、そこに社会主義運動に関わる友人の姿をとおして当時の社会状況が点描される。
さらに、このチェーホフの短篇のエピソード、女の太腿が赤土の中から何本も何本も生えているという夢の話、姑が見たという街の上でお産をする牛の話などが加わってこの小説は構成され、それらの要素が渾然となって、一人の若い研究者の不安と希望が象徴的に描かれているのである。
梶井がこの小説を書いたのは、チェーホフ没後22年経った頃だ。いわば同時代の現代作家といってよいだろう。
それから85年。いま、チェーホフも、梶井基次郎も、同時代の作家として私たちとともにいる。