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流野精四郎&東澤昭が綴る読書と散歩、演劇、映画、アートに関する日々の雑記帳

リーマンショックとアート

2008-10-29 | 雑感
 10月25日の日本経済新聞朝刊文化欄に「金融危機、文化にも波及」「しぼむアジアの美術市場」「大口支援打ち切りで・・・国内オーケストラに影響も」といった見出しが踊っている。
 記事によれば、米国証券リーマン・ブラザースが経営破綻した4日後の9月19日、韓国ソウルで開幕したアートフェア(見本市)「KIAF」は、資金収縮の衝撃に見舞われ、出店した画廊全体の売上げが昨年より2割以上もダウンしたとのこと。
 一方、アートバブルがしぼみ、当面は痛手には違いないが、これは正常な調整局面に入っただけのこととの冷静な見方もある。本来の美術愛好家にとっては作品が買いやすくなることと、作品を買うことで芸術を支援するという文化を確立している欧米のコレクターは必ず戻ってくるとの期待である。
 欧米金融機関のメセナ活動は今後どうなっていくのか。
 紙面では、資金難によりアイスランド交響楽団の来日公演が土壇場で中止になったことや、リーマン・ブラザースから支援を受けていた東京都交響楽団の現状にもふれ、今後の運営難が懸念されるとしている。
 これらのことは、すでに多くの文化芸術活動が企業や国、自治体からの支援を受けることによってようやく成り立っているという現状において、対岸の火事どころではない、すぐ目の前に迫った危機といってよいのかも知れない。
 今後、景気の後退局面がより鮮明になるにつれ、財政の縮小が文化部門の経費削減に直結することは明らかだからだ。
 もっとも、美術市場のいわゆるバブル崩壊に対して、あまり同情を感じるというわけにはいかない。
 それは、芸術的価値を経済的価値に転換することによって、作品を投資対象物として私たちの手の届かないところに持ち去った末のドタバタ劇に過ぎないと思えるからだ。作品そのものが持つ芸術的輝きや作家の創造行為とそれは何ら関係のない次元の話だからである。
 懸念すべきは、交響楽団の運営である。子どもたちを対象に気軽に音楽を聴いてもらう活動や、安価なコンサートも支援あってのことという現状においては、そうした場の提供や楽団の存立そのものが危ういと言っても過言ではない事態なのだ。
 私たちはどうすればよいのか。まずはコンサート会場に足を運び、彼らの音楽に耳を傾けることから始めるしかないのだろうけれど。

アーティストは国家に雇用されるべきか

2008-10-26 | アートマネジメント
 10月19日付の日本経済新聞朝刊に、2010年秋から新国立劇場舞踊部門の芸術監督に就任するデヴィッド・ビントレー氏の話が載っている。以下、記事の引用。
 「・・・(ビントレー氏は)英国でも芸術監督を務めており、兼務となるが、日本の特質を尋ねると『公演数が少ないこと』を挙げた。自身が率いる英国のバレエ団では、新作なら24回の上演が通例だという。対して(日本の)『アラジン』は6回だ。
 そもそも、バレエ団の構造が違うという。海外では通常、ダンサーには年俸などの給与が支払われる。だからバレエ団は、公演数をできるだけ増やして入場料収入を上げようとする。しかし新国立劇場では、報酬が出演1回につきいくらの、いわば出演料だ。公演数の増加は出演料支出のアップにつながってしまう。・・・
・・・『チャレンジにはお金がかかる。それを分かってもらえないと何もできない』」
 以下、感想。
 これを単に彼我のシステムの違いと考えればそれまでだが、それ以上に根深い問題がひそんでいるようにも思われる。
 たとえ国家が芸術家を雇用してでも、国民が文化に触れる機会を増やそうとする思想と、単に経済上の問題に卑小化し、支出を抑えることのみを効率化と称して評価する考え方の違い・・・。
 いやいやそうではない。そもそも公演数を増やそうにも、わが国にはその席数を埋めるだけの観客がいないのかも知れないのだ。いくら立派な劇場を建設し、よい作品を上演しても観客が集まらなければ興行は成り立たない。公演数の増加が入場料収入の増に単純には結びつかないというわが国の構造上の問題がここにはある。
 同劇場の演劇部門の芸術監督が、任期半ばにして交替を宣告された背景には、閑古鳥が鳴いて不入りだった演目の責任問題があったとも聞く。しかし、これは果たして芸術監督の責任なのか?
 かたや視聴率が稼げなくなったと言われて久しいプロ野球だが、それでも球場には毎夜何万人もの人が詰めかけ、サッカーの試合では興奮した観客同士が暴動を起こすほどだ。
 これを羨ましいと指を咥えているだけでなく、観客の育成に戦略的に取り組むことこそが国や公共劇場の役割ではないのかと思うのだがどうだろう。
 一方、アーティストの生活の窮状も大きな問題だ。非正規雇用やワーキングプアの問題が叫ばれて久しいが、昔から役者や芸術家の世界はそうした格差問題の温床である。
 そんなことは当たり前で、彼らは好き勝手なことをやっているのだから甘えたことを言ってはいけない、という声のあるのも確かである。しかし、ここで発想を変え、これを文化政策上の課題としてしっかり議論することが、今こそ求められているのではないだろうか。

文化は必要とされているか

2008-10-26 | アートマネジメント
 10月22日の毎日新聞夕刊、「中島岳志的アジア対談」の中で早大教授の坪井善明氏(ベトナム政治・社会史)が次のように語っている。
 「・・・元々、日本は、思想や歴史、文化が生活実感と乖離している」
 「・・・さらに言えば、ベトナムでは、人びとが宗教や文化、歴史を生活の中で生かしている。日本は、あまりに経済中心で、文化や歴史が飾りもの化、記号化している。これと、日本社会の劣化は関係があるのでは」
 この言葉に半ば同感しながら、これを役者である自分に引き付けてどういうことかと考えてみる。これは文化の創り手側、発信する側の問題なのか、あるいは受容する側の問題なのか。おそらくそれは両方の問題なのに違いはない。
 「文化じゃメシは食えないよ!」と、芝居のチケットを売りに行った先で、商店街のオヤジさんたちにさかしら顔に言われることがある。
 言い返す言葉がなく、口惜しい思いをすることが多いのだが、本当にそうなのだろうか。そんなことはないと信じたい。ただ、生活者の視点に堪え得る、あるいは見返すだけの作品を創り得ていない自分に忸怩たる思いはあるのだが。
 以前、サラエボ戦争の時、スーザン・ソンタグがベケットの「ゴド-を待ちながら」を戦渦の現地で上演したという話を題材に広島正好氏が戯曲化した「サラエボのゴド-」という作品を上演したことがある。
 これはなにも戦争の悲惨を訴えたかったわけでも、平和の大切さを主張したかったわけでもない。そうした状況のもとでも、人びとは芝居を、芸術を求める、ということの素晴らしさに何ともいえない励ましを感じたからなのである。
 これに関しては、数年前偶然にも、NHKの衛星放送で、女優の木野花さんが現地を訪れ、その時「ゴド-」に出演した俳優にインタビューしたり、当時の舞台の記録映像を流したりするドキュメンタリー番組を見る機会があり、よりその思いを強くした。
 サラエボの人々は、銃撃のさなか、爆撃に見舞われることも厭わず、明日をも知れぬ状況下で、ベケットの不条理劇を観るために劇場に足を運んだのである。電気が途絶え、ロウソクの灯りを照明代わりにして演じられるゴド-の舞台に人びとは生きる糧を得たのだ。この文化の厚みの何たる凄さ!
 翻ってわが国の話。作家の島田雅彦氏が以前何かに書いていたと思うのだが、今や出版不況のなか、低迷する純文学文芸誌であるが、ベストセラーになった時期があるという。
 それは終戦直後のことであった。
 人びとは、食うや食わずの食糧難の時代、本屋の店頭に群がり、新たな時代の文学や思想を貪るように求めたのである。
 このことを、飽食の現代に生きる私たちはどう考えるべきなのだろう。文化や芸術のもつ力に勇気を与えられつつ、大きな宿題を目の前に突きつけられた思いにとらわれる。

醒めた眼の「瀕死の王」

2008-10-24 | 演劇
 10月3日に東池袋の「あうるすぽっと」(豊島区立舞台芸術交流センター)でウジェーヌ・イヨネスコ作、佐藤信演出の「瀕死の王」を観た。
 これについては東京芸術劇場名誉館長の小田島雄志氏による申し分なく目配りの利いた劇評が18日付けの読売新聞夕刊に載っている。それ以上なにも言うことはないとも思えるが、観客としての感想を一つ。
 主人公の王たるベランジェ1世(柄本明)は、2つの価値観によって引き裂かれた存在であり、その狭間で瀕死の時を迎えようとしている。何百年の時間を生き延び、長大な時間と国家を支配しながら、縮みゆく国家を持て余しつつ、老いの中で死への恐怖におののいている。二人の妻、第1王妃(佐藤オリエ)と第2王妃(高田聖子)もまた冷たく残酷なリアリズムと愚かしく無邪気なファンタジーによって王を引き裂こうとする。
 医者役の斎藤歩、衛兵の谷川昭一朗も含め、これら力量のある役者陣によってその作品世界は明確に構築されていたが、なかでも柄本明の存在感は圧倒的である。彼の演技態そのものが、演ずる自分自身を冷徹に見つめる醒めた眼差しと身体の深奥から発散される狂気によって支えられていると思え、その振幅の中で描き出される王の造形は比類のないリアリティを獲得している。
 もっとも私自身の好みで言えば、全体としてこの舞台をよりスラップスティックな色付けで不条理性をもう少し際立たせたいという感想を持つ。では日本人俳優が演じるスラップスティックとはどういうものなのかと問われれば答える術もないのだが。

 この舞台で特筆すべきは、照明デザインの美しさである。ほとんど裸舞台といってよい空間に置かれた舞台装置や道具、役者個々の存在感をくっきりと浮かび上がらせながら、主人公たる王が支配し、妄想と混濁した意識の中で見失っていく「世界」を明確な輪郭のもとに描き出すのに大きな力を持つものだった。
 とりわけ、終幕近く、舞台上に吊り下げられていた丸い大時計がゆっくりと引き上げられていったその後にぽっかりと口をあけた闇の深さは、王の人生や王国の歴史が刻んできた時間の空虚さを私たちに突きつける。

 余談であるが、この劇場の舞台は、通常プロセニアム形式でありながら、その額縁部分を取り外すと、固定席ながらいわゆるオープン形式に近い舞台にすることができる造りとなっている。
 今回の「瀕死の王」はこのオープン形式を生かした演出によって、この劇場の新しい魅力を観客に示し得たのではないかと思う。見慣れた空間が、さまざまな演出によって、まったく違った顔を見せるという発見は、芝居を観るうえでの一つの楽しみである。
 これからも「あうるすぽっと」の制作者の皆さんには野心的な舞台づくりに挑み続けてもらいたいと思う。

にしすがも少年探偵団

2008-10-24 | 演劇
 先日、「にしすがも創造舎」での観劇について書いたので、すでに2ヶ月も前のことなのだけれど、同じ特設劇場で観た江戸川乱歩・原作、倉迫康史・構成演出作品「少年探偵団 怪人二十面相を追え!!」(8月20日~26日、制作:NPO法人アートネットワーク・ジャパン)についても少しばかり感想を書いておきたい。
 フランスの演出家ジョルジュ・ラヴォーダンの言葉ではないが、まさに「演劇の難しさは保存できないこと」にあるのだ。たとえ断片であれ、演劇作品について観客の側から記憶を留めようとする行為にもそれなりの意味はあるだろうと思う。
 さて、今回の舞台は、夏休み期間中の8月いっぱい、「にしすがも創造舎」(旧朝日中学校)の校舎・体育館の全部を使って展開された「にしすがもアート夏まつり‘08『江戸川乱歩とにしすがも少年探偵団』」の一環として上演された演劇公演で、昨年の「オズの魔法使い」に引き続き、「子どもに見せたい舞台シリーズ第2弾」として制作された作品である。
 私は短期間に2回も観に行ったくらいだから、この舞台にとても愛着を感じたのだが、問題は、来場した子どもたちの何割くらいが少年探偵団や怪人二十面相のことを知っていたかということである。ちなみに初日に私と同行した仕事仲間の20歳代の連中はそのいずれも知らないとのことであった。(隔世の感!)明智小五郎といえば、有名なのは天知茂だなあ、「黒蜥蜴」の初演はたしか芥川比呂志がやったよねえ、などと言ってかえって皆から無視される羽目になってしまった。
 そうした状況で、この舞台は子どもたちに何を見せようとしたのか、何を見せたかったのか。
 ちなみに、「子どもに見せたい舞台」というコンセプトは、どうも大人の視点からの押し付けのような気がしてならないのだが、これはまた別の問題である。
 冒頭、ウサギならぬ小林少年の後を追ってウサギ穴に落ちた子どもたちがレトロな昭和の東京・池袋、立教大学近くにある乱歩邸の幻影城と呼ばれた土蔵の前にワープして・・・、という具合に「不思議の国のアリス」のパロディで芝居は始まり、怪人二十面相と明智小五郎、そして少年探偵団による知恵くらべと追いかけっこの物語が展開する・・・。
 はじめ、私が勝手に期待したのは、子どもの頃、夢中になって読んだ「少年探偵団」やテレビドラマの「怪人二十面相」を見て感じたであろうワクワク感である。なぜ、当時の子どもたちはあんなにも夢中になったのか。その秘密が解き明かせるかと思ったのだが、それを創り手たちはどのように分析していたのだろう、聞いてみたい気がする。
 多分それは、自分ではない何ものかへの変身願望の体現であり、犯罪という秘儀へのあこがれや宝飾と虚飾に彩られた豊かさへの復讐であり、少年探偵団に選ばれし者の恍惚と不安への密やかな嫉妬のようなものであったのかも知れない。
今回の私にとっての新発見は、怪人二十面相と明智小五郎という二人の人格あるいは存在そのものが、裏返しの自己同一性を内包しているということであった。そんなこと当たり前といわれるかも知れないのだが、そんな発見に内心ニヤニヤ、ワクワクしていたのである。
 犯罪者を追うものが最も犯罪に魅せられている。二人は同じ夢を見る裏返しの仮面を被った暗夜の道化師なのである。
 このことは、途中、舞台中央の階段を降りてくる明智と、下から上がって行く怪人二十面相がスローモーションですれ違いざまにお互いを振り返るというシーンに象徴的に表れている。二人は鏡を間にそれぞれ自分を見つめているようにも見えるのだが、二十面相の顔は仮面に覆われており、それはまさに明智自身の自己投影された姿にほかならないのだと思える。だからこそ明智の妻である文代さんは、同時に二人を憎みながら愛したのではないだろうか。
 今回の舞台は、低予算のなか、制作者の方たちが苦労したことは十分想像できるが、その舞台美術、照明、音響、もちろん子役をはじめとする演技陣も含めて、いずれも舞台づくりへの強い思いと愛情によって支えられ、大きな成果を上げた作品だったと評価できる。

西巣鴨でロミオとジュリエットを観る

2008-10-20 | 演劇
 10月16日、豊島区西巣鴨にある「にしすがも創造舎」特設劇場で10日から19日まで上演された劇団山の手事情社の公演、安田雅弘構成・演出作品「YAMANOTE ROMEOandJULIET」を観る。
 にしすがも創造舎は廃校になった中学校を転用して演劇の稽古場や各種ワークショップの場、子どもたちがアートにじかに触れる場、創造発信のための芸術拠点として活用されている施設である。この施設のことについてはまた改めて別稿として書いてみたい。
 さて、旧中学校の体育館を改造した特設劇場での公演は、自由度の高い空間がどのように生まれ変わるのかと毎回楽しみなのだが、今回の舞台は演劇を創造することや表現することの楽しさ、醍醐味に溢れたもので、それらを観客として存分に味わうことができた作品であった。
 役者たちも劇団ならではの統一された演技態のなかで楽しんでいることが伝わってきたし、ラスト近くのシーンの美しさは出色のものだったと思う。心に残る舞台である。
 芝居は3本立ての構成となっており、原作を独断と偏見をまじえ、一人の俳優が、他の俳優たちを道具に語る1本目の「抄本 ロミオとジュリエット」、原作をヒントに発展させた4つのシーンを各ブースに分け、美術館を巡るように観客がそれを観て歩く形式の2本目「妄想 ロミオとジュリエット」、セリフを生かしつつ「恋愛の誕生から消滅まで」をテーマに、原作とはちがった流れで「詩的」に再構成した3本目の「印象 ロミオとジュリエット」、これらの舞台を私たちは劇場内を漂流しながら鑑賞し、体感するのである。
 実は2本目の妄想篇がどういう位置づけのものなのか、観た直後は自分の中で整理ができなかったのだが、一晩経って、あのブースが実は旅芝居の一座の街頭での舞台のように思えてから、そうだったのかと腑に落ちた気がした。シェイクスピアの時代の芝居を当時の民衆はあんなふうに観たのではなかろうか。
 殊に、ブースの一つ、「ジュリエットの墓」は秀逸で、中に水をたたえたビニール袋に包まれたジュリエットの墓に次々と詣でる親族たちとジュリエットの様子がナンセンスな笑いの中で描かれる。まさに3本目の印象篇に直接つながるものであるとともに、滑稽なものがシリアスな静謐に転調する驚きを私たちに与えてくれる卓抜な伏線である。
 そのビニール袋のアイデアはつくづく素晴らしいと思わせられたのだが、人は死んだらゴミになるという即物性を感じさせつつ、視覚的に実に美しいというそのパラドックスの痛快さは記憶に残るものだ。
 印象篇は求愛のエネルギー、あるいは人を突き動かす欲望のエネルギーというものが荒唐無稽なばかばかしい演技によって相対化され、その究極に死があるということの不条理さを感じさせて終わる。
 この印象篇の冒頭、切り刻んだフィルムをばらばらにつなげたような映画的シーンが断続するのだが、にも関わらずこれが「ロミオとジュリエット」の物語であることを観客が感得するとはどういうことなのかと考えさせられた。
 ことほどさように強力なシェイクスピアの物語の力を無化させるべく役者陣は奮闘し、そうして解体した物語の再構築によって舞台は新たな美を獲得していく、その過程を私たち観客は凝視し続けることで次第に心を癒されていくのである。
 舞台美術の美しさ、衣装のデザインも含め、劇団ならではのまとまりを見せつけた好舞台だった。