seishiroめもらんど

流野精四郎&東澤昭が綴る読書と散歩、演劇、映画、アートに関する日々の雑記帳

アナザー・ストーリーズを見ながら考えた

2021-02-23 | 舞台芸術
 先日、テレビ番組の話を書いたついでにもう一つ書いておきたいのが、2月17日(水)にNHKのBSプレミアムの「アナザー・ストーリーズ 運命の分岐点」で放映された「越境する紅テント~唐十郎の大冒険」で、とても面白く見た。
 唐十郎率いる状況劇場の発足時から1970年代後半までの軌跡を関係者の証言や映像資料を交えて紹介するとともに、故・十八代目中村勘三郎が19歳の時に初めて見た紅テントの舞台に衝撃を受け、後年、仮設の芝居小屋である平成中村座での歌舞伎上演に挑む姿を描いた部分で構成され、実に見応えがあった。

 この番組で取り上げられた出来事や事件の多くは従前からの唐十郎ファンにはすでに周知のことばかりだろうし、唐や状況劇場に関する著作物の中でも詳しく書かれたものがあるのだが、それをテレビならではの切り口で、関係者の証言や当時のニュース、若いころの唐自身がテレビ番組に出演してインタビューに答える様子、さらには実際の舞台映像や写真を駆使しながら立体的に描き出す手法が新鮮であったと感じる。
 とりわけ3部構成のうちの二つ目の視点「越境する紅テント」で取り上げた、1972年の軍政下の韓国での「二都物語」上演に至る経緯とこれを支援した詩人・劇作家金芝河と唐の出会いと友情、さらには翌73年のバングラデシュでの「ベンガルの虎」の上演、74年のパレスチナ難民キャンプでの「唐版 風の又三郎」の上演は、アジアの周縁を経巡るテント芝居のありようを描いて圧巻だった。そればかりか、45年以上も前のパレスチナでのその芝居を実際に見たという現地の人を探し出してインタビューするなど、番組独自の取材には大きな拍手を送りたい。

 この番組を見て改めて考えたのは、当時の写真を含む映像資料の発掘と保存の必要性であり、戯曲の原稿や創作ノート、演出ノート、舞台美術・音響・照明プラン、さらには広報宣伝に関する資料、俳優一人ひとりの演技プラン等に関する資料など、演劇公演に関わるあらゆる資料をアーカイブ化し、保存・研究することの重要性についてであった。
 他ジャンルの芸術である小説や詩などでは、作家の生原稿や創作メモ・ノートなどから、作品が完成するまでのプロセスや作家の思索の変遷を研究するといった批評の方法があるけれども、こと演劇批評に関してはまだまだ未成熟の感が拭えないのだ。アーカイブの保存とともに、それらを活用した批評の方法がもっと深掘りされてよいのではないかと思うのだが、どうだろう。
 別の観点では、この数年、昔の唐作品が若い世代の演劇人によって再上演される機会が多くなっているのだが、そうした《再上演》は、まさに作品の読み直し、読み替えであり、再解釈という批評行為にほかならない。そうした際に、アーカイブの存在は有効に機能するに違いないのである。

 さて、これはまた別のテレビ番組だが、2019年11月にの放映されたNHK Eテレの「SWITCHインタビュー」で俳優・ダンサーの森山未來氏が広告クリエイターの菅野薫氏と対談していたのだが、その中で森山氏が作品アーカイブスの大切さを強調していたように記憶している。
 例えば、一つのダンス作品を創る過程で、複数のダンサーの共同作業やインプロビゼーションによって様々なアイデアやシーンが生まれるが、作品が形を成し、上演されるまでにその大半が取捨選択され、消えてしまうことになる。それはあまりにもったいないことであり、後々のためにも作品創造の全体を記録しておくことが大切である、というのがその時の森山氏の発言であったと思う。
 当時、森山氏は暗黒舞踏の祖・土方巽の弟子が書き残した舞踏譜に基づく作品の再現に取り組んでおり、ことさらその必要性を感じていたのかも知れない。作品を過去の伝説の中に閉じ込めておくのではなく、現在形のものとして解き放ち、再解釈しながら再創造(リクリエイション)することの重要性を彼は訴えていた。
 森山氏は自身のカンパニーのサイトで、作品創りの過程を記録した映像や写真、言語としてのブログ等を公開しているが、それ自体がまた一つの作品になっているのだと感じる。
 
 あらゆる舞台芸術作品をアーカイブ化するという取り組みは、唐十郎と紅テントがアジアの周縁を旅した半世紀前とは比べものにならない程に映像技術や複製技術、SNS等の発達した今だからこそ可能なのではないだろうか。
 現在、こうした舞台芸術作品のデジタルアーカイブ化や有料配信の取り組みは、すでに早稲田大学演劇博物館などが中心となって進められているようだが、今後、法的な課題をクリアしつつ、公共、民間を問わず国内外の劇場が連携して、上演された作品のアーカイブ化を進め、共有の財産として活用することが出来るようになれば、それは素晴らしいことだと思う。


組織と人材

2021-02-18 | 日記
 この数日、引きこもりのように家から外に出ずにいるのは、コロナ禍のなか、感染リスクを怖れてのことでもあるのだが、何より薬の副作用のために言いようのない倦怠感や疲労感が重しのようにのしかかって身体全体から力を奪い取り、能動的に動こうとする気力を吸い取られているような気分なのだ。
 こうした状態では、ひたすら眠りこけるか、読書(それもあまり小難しくないもの)に耽溺するか、テレビを見るしかなくなるのだが、そもそも気力や集中力の削がれたような今の精神状態では、結局、呆けたように終日テレビ画面を見るともなく見続ける羽目になる。番組視聴率のアップに人知れず貢献しているというわけである。

 そんな次第で、最近見たテレビ番組の中で記憶に残ったものをメモしておく。
 その一つが、2月15日(月)の放送されたNHKの「逆転人生」で、「コロナ禍でも黒字のイタリアン 大逆転の秘けつとは」というタイトルがつけられている。
 今回の主人公は、世界的料理ガイドブックで10年連続一つ星のレストランを経営するイタリアンシェフの村山太一さんである。自らの厳しい修業時代の経験から、絶対的リーダーとして君臨するスタイルで店舗スタッフにも服従を求め、厳しく叱り飛ばす毎日だったが、意に反して客からの酷評が相次ぎ、赤字に転落。原因はチームワークの崩壊だった。
 そんな村山さんが覚醒したきっかけはファミリーレストランでのバイト。少ない人数ながらスタッフ同士が信頼しあい、協力しながら店を切り盛りする姿に感銘を受け、さらにスタッフの意見を吸い上げるフラットな組織のあり方に目覚め、方針を大転換したのだ。そこにはコロナ禍を乗り切るヒントが……、という内容である。

 さらにもう一つは、1月7日(木)放送のNHK「クローズアップ現代」で、「緊急事態宣言 雇用を守る現場の模索」というテーマだった。
 「雇用の危機」が続く2021年、新たな雇用を生み出している現場がある。大阪市のお好み焼き専門店は「地方」進出で新たな客層をつかみ、社員5人だった福島県内のプラスチック部品メーカーは専門分野の異なる企業とM&Aをした結果、互いのノウハウを生かして新製品を生み出し、従業員数を6倍にまで増やしている。取材から見えてくるのは、社会の変化を的確に捉え、平時では思いつかなかった発想の転換で活路を見いだしている点だ。始まった模索から厳しい時代を生き抜くヒントを探る、というもの。

 詳細は省くけれど、これらの取材から浮かび上がってきたものは、一方的なトップダウンによる命令や指示に服従させるのではなく、フラットな信頼関係に基づき、互いのノウハウを生かすとともに、ボトムアップにより知恵を出し合い問題解決を図るという組織運営の重要性である。
 さらには、「苦境の時こそ人材育成」というキーワードに見られるように、雇用した人を使い捨てのコマのように扱うのではなく、組織の財産として大切に育てていこうとする姿勢である。このことは、非正規社員を正社員として採用することに転換した会社の姿勢にも表れている。

 組織改善や経営改革という名のもとに行われる取り組みの多くが、効率化の名のもとに行われる雇止めだったり、単なる経費の切り詰めであったりするなか、ビジョンを共有しながら信頼関係を築き、人を大切にするという経営哲学の重要性をこれらの番組で紹介された事例から知ることができる。
 今、苦難の時代だからこその組織運営のヒントがそこにあるように感じる。