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流野精四郎&東澤昭が綴る読書と散歩、演劇、映画、アートに関する日々の雑記帳

言葉と風景

2010-03-30 | 日記
 今日(すでに昨日のことだが)は、何とも気鬱な一日だった。やることなすこと何もかもが裏目に出てしまう。こんな日は、じっと蹲って嵐の過ぎ去るのを待つしかないのだろう。あるいはその風圧をものともせず雄々しく立ち向かうべきなのか。
 言葉というものは恐ろしいもので、少し気を許したり、隙を見せたばかりに返す刀で骨の髄まで傷つくこともある。
 心を許しあえると思っていた相手からの毒のある言葉はこちらを立ち直れないばかりに打ちのめす。もう生きている甲斐などないと思えるほどに。
 そういうこちらも相手を知らぬうちに傷つけているのだろう。
 言葉は恐ろしいものだ。

 そんなちっぽけな人間どものあれやこれやをすっぽりと呑み込んで、街は知らん顔で喧騒の音楽を奏で続ける。

 新聞では、東京・墨田区押上に建設中の東京スカイツリーが29日、東京タワーを超える338メートルの高さになったと伝えている。
 この巨大な建築物もまた街の新たな風景となって、新しい物語を紡いでいく。
 テレビニュースでは、このタワーを取り巻く商店街や地元花柳界の様々な動きを取り上げていた。街の変化は経済と直結している。

 「おばあちゃんの原宿」として知られる「巣鴨地蔵通り商店街」や「とげぬき地蔵尊」のある巣鴨がにぎわうと株価が上がるという都市伝説があるそうだ。
 「高齢者の経済環境が巣鴨駅の利用状況に表れる」との分析が新聞に載っている。
 反面、JR新橋駅の利用人数が増えると東証株価指数が下落するとの話もある。サラリーマン向けの気軽な飲食店が多い新橋では、不景気になるとストレス発散のために立ち寄る人の出入りが増えるのだとか。

 池袋東口で戦後60年以上にわたって親しまれてきた布地や手芸用品の店「キンカ堂」が自己破産を申請して閉店してから1ヶ月ほどが経つ。
 いま、その「キンカ堂」のシャッターには、閉店直後から様々な思い出や感謝の言葉を綴ったメモが貼られはじめ、その数およそ300枚以上となって増え続け、これもまた新たな街の風景となりつつある。

 街の風景は経済や人々の記憶と密接に結びつき、変化しながら別の音楽を奏で始める。
 人々にその音楽は聞こえるだろうか。私の言葉は届くのだろうか。

スポーツと政治と映画

2010-03-20 | 映画
 もうひと月も前に観ていながら、いまだに感想を書けないでいる映画がある。
 クリント・イーストウッド監督作品「インビクタス 負けざる者たち」だ。
 先日の米国アカデミー賞主演男優賞にモーガン・フリーマンが、助演男優賞にマット・デイモンがそれぞれノミネートされていたのでご存知の方も多いだろう。
 封切り直後の新聞評では、「今年有数の傑作」と早々と断言する評者もいたほどだ。それは、イーストウッド監督への無条件といってよい信仰の告白に似ていた。
 南アフリカに誕生したマンデラ大統領がラグビーのワールドカップを通して、黒人と白人の融合、さらには国家の統合を果たそうとする過程を描いたこの作品は、ラグビー試合の巧みな映像化やCG加工された観客席の熱狂ぶりと相俟ってたしかに映画的興奮を観るものにもたらすに違いない。
 しかし、そこに何ともいえない既視感と違和感のあることも否定できない。
 これは、紛れもなくスポーツの政治利用を正当化することを前提とした娯楽映画なのだ。

 青白い神経やこんがらがった思想は大衆向けの映画にはなじまないが、美しく躍動する筋肉は映像化にうってつけの素材である。
 たとえば、レニ・リーフェンシュタールの「民族の祭典」「美の祭典」は、その映像があまりに美しいがゆえに、政治と映画、映画とスポーツの関係において極めて傑出しつつも《危険》な作品だったのである。
 私たちは、文化芸術が政治に《利用》されるようなことがあってはならないと考えている。それはいつのまにか身についた信仰でもある。
 ヒトラーをはじめとする独裁者に許されないことが、マンデラ大統領には許されるとどうして考えることができるだろう。

 スポーツ(ラグビー)によって、南アフリカは真に統合されたのか。この映画「インビクタス」によって世界はどのようなメッセージを受け、何を感じ、どのように変化したのか。あるいは映画は所詮娯楽でしかなく、世の中を変革するなどというのは妄想に過ぎないのか・・・。
 この映画は、実に厄介な問題を私たちの前に提示しているのである。

 話は変わって、いまホットな話題となっているのが、今般の米アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を獲得した「ザ・コーヴ」である。
 高度な隠し撮りの技術を駆使し、日本のイルカ漁を記録したこの映画は、「略奪と汚染で生物が危険にさらされている海のことを考えてほしい。日本だけではなく、みんなの問題だ」と監督が発言する一方、映画を観た地元の人からは、「太地の景色を美しく撮り、住民はこんなに残酷なことをしていると巧妙に対比していた」「映画は一方的で紳士的ではない」との意見も聞かれる。
 
 はじめに主張があり、シナリオに合う場面を当てはめた映像で構成されたドキュメンタリーとの見方は一方的に過ぎるかも知れないが、もし仮にそうした面が多少なりとも否定できないとするならば、これまた美しい映像が政治的主張に奉仕した作品と言えなくもない。

 「ザ・コーヴ」もまた、厄介な問題を私たちの前に提示した映画なのである。

ニューヨーク,アイラブユー

2010-03-17 | 映画
 日比谷の映画館で「ニューヨーク,アイラブユー」を観る。
 私の周りにいる若い人の間ではあまり評判は芳しくないようなのだけれども、街そのものをテーマに一編の撮影期間が2日間という制約のもと切り取られた10+の視点からなるこのフィルムは、それなりに面白く楽しめることのできる作品なのだった。

 製作者のエマニュエル・ベンビイが言うように、この映画は「1本の長編がたまたま複数の監督よって撮られたような作品」である。
 世界各国から集まった11人の監督によって撮られた11のストーリー・・・。日本からは岩井俊二が参加している。
 脚本に関してはいくつかのルールがあったようだ。いわく、
 ○視覚的にニューヨークと特定できるようであること
 ○広い意味での愛の出会いが描かれていること
 ○ストーリーの終わりや始まりに「徐々に暗転」を用いないこと などなど。

 それぞれの監督がそれぞれのストーリーを勝手に作ったようでいながら、それが1本の映画としてまとまって見えるのは、もちろん個々の話をつなぐようなエピソードを挿入し、それぞれの登場人物が偶然にもすれ違って同じ画面上に映し出されるといった仕掛けがあるからではあるが、そればかりではなく、この映画の主役がなんと言ってもニューヨークという街そのものであることが大きいのだろう。
 加えて、一見無関係に投げ出されたように見える映像も、それを連続してつなげることで一定の秩序や効果が表れるという表現の特質に拠るのではないかと思える。

 これは小説や演劇など他の表現形式でも可能は可能だろうが、映画ほど柔軟にはいかないだろう。もちろん小説ではジェイムス・ジョイスの「ダブリン市民」をはじめ、フォークナーやマルケス、中上健次など、特定の地域に限定して展開される連作という先例はいくつもあるわけだけれど。

 それにしても、この作品における登場人物たちの喫煙率の高さはどうだろう。
 昨今の映画の中では群を抜いていると思えるほどだが、屋内施設での禁煙化、嫌煙化の進みつつあるニューヨークの街では、いきおい愛煙家の登場人物たちは建物の外や路上で寒風に身をすくませながら紫煙を冷たい空気とともに吸い込むことになる。
 けれど、そのおかげで何百万人ものニューヨークを行き交う見知らぬ男女の何組かが偶然に出会い、街の灯やビル群の夜景を背景とした物語がフィルムに写し撮られることになる。
 タバコは、この映画にとってはまさにうってつけの道具だったといえるのだろう。

「ハコブネ」に乗る

2010-03-08 | 演劇
 5日、北九州芸術劇場プロデュース公演「ハコブネ」を観た。
 作・演出:松井周(サンプル)、企画・製作:北九州芸術劇場、東池袋の劇場「あうるすぽっと」のタイアップ公演。
 北九州市を中心とする俳優とスタッフを総動員して「(仮)祭り」、あるいは「(仮)地獄巡り」をして作り上げた作品、と演出家のノートにはある。
 プロデューサー能祖将夫によれば、「オーディションで選ばれた地域の役者へのインタビューからモチーフを得たり、エチュードを繰り返しながらシーンを築いていったり、つまり<今><ここ>で生きている出演者一人一人の生の感覚と息づかいを反映させる創り方」が今回の作品の大きな特徴の一つとのことだ。

 プロセニアムを取り払った舞台上に仮設のステージをしつらえ、さらに左右に客席を配置し、三方からステージ上の俳優たちを見る仕掛けだ。この劇場の使い方として新たな可能性を示していたと思える。

 舞台奥全面には、木製の大小さまざまなハコが積み上げられ、それらは巨大な工場の倉庫のようでもあり、出演者たちの「家」のようでもあり、「棺桶」のようでもある。
 工場において、主役はあくまでも製品であり、すべては製品を作り、流通させることに奉仕させられる。そうして人間はいつの間にか個性を奪われ、搾取され、磨耗しながら、積みあがる製品や時間のなかに取り残され、忘れられていく存在に過ぎない、のかも知れない。

 いささか疲れて帰りの電車に乗った。ギュ―ギュ―詰めになって皆気分が尖っていて、そんな乗客の醸し出す不機嫌に沈みがちな空気のなかを集団をなしたオバカな高校生たちが傍若無人に言葉を撒き散らす。
 まさに自分はいま、つい先ほど劇場で出会った「見知らぬ人々」とともに「ハコブネ」に乗り合わせているのだと実感しながら、その行き着く先を想像できないでいる・・・。

進化するモリカズ

2010-03-04 | アート
 今日、豊島区千早町にある熊谷守一美術館で「池袋モンパルナス」の名付け親といわれる詩人・画家:小熊秀雄の展覧会がオープンした。
 オープン前の早朝、特別に入館させてもらい、展示室に独りきりというこのうえない状況で作品と向き合う幸運を得た。1階、2階が熊谷守一の常設展示、3階ギャラリーが小熊作品の特別展示となっている。

 今から30数年前、97歳でこの地に没した熊谷守一だが、実は私の一番の自慢が生前の守一さんと直接お会いしているというものだ。
 おそらくは最晩年期だったろう、仙人と呼ばれた風貌そのままに真っ白な髭に顔を埋めたご当人とやはり美しい白髪の奥様が縁側で日向ぼっこをしていたのを思い出す。
 私は上京したての何も分からない小僧っ子で、ろくに挨拶もできず口をもごもごさせながら仕事で何かの集金に伺ったのだった。このお爺さんが何をしている人なのか無知な私は想像すらできなかったし、文化勲章をメンドクサイとばかりに断ったすごい人なんてことも当然ながら知らなかった。
 ただ、いつも伺うと仲良くご夫婦で縁側に座って庭の鬱蒼とした木々や草花を眺めていた。

 そんなことを思い出したので、小熊の絵ももちろんよいのだが、今日は守一先生の作品とじっくり対面し、お話をしてきた、つもりだ。
 何度も観ている絵なのだけれど、改めてそれを年代順に見直すと、その特徴ともいうべき、とことんムダを削ぎ落としたシンプルで純粋な画風は守一氏が65歳を過ぎた頃から顕れているのが分かる。
 自画像を比べても、50歳代後半の頃はまだいわゆる本格的なデッサンに基づく写実的な絵画なのだ。その頃は気難しい人柄だったそうで、その気風が絵にも滲み出ている。
 本当にモリカズらしい作品となるのが80歳になってからではないかと思うのだが、その「進化」ぶりにはまさに瞠目させられる。
 私などまだまだひよっ子だ、というのは当然にしても、その60歳までの期間にモリカズは描こうとして描けない時間、悩み抜いた時間、とことん対象物を眺めつくし、観察するという時間を幾重にも積み重ねているのだ。
 その基盤があってこその老年期からの脱皮であることを認識しなければならないだろう。

 描こうとしないこと、表現しないこと、ムダを削ぎ落とすこと、欲望しないこと、期待しないこと、演じないこと、ただそこに居ること・・・。

 その難しさ!

さえずりに満ちた世界

2010-03-01 | 日記
 2月最後の日曜日、午後4時半から座・高円寺の2階カフェ「アンリ・ファーブル」で開かれた流山児★事務所の「紀伊国屋演劇賞受賞お披露目パーティー」に顔を出す。
 昨年の成果である「ユーリンタウン」「ハイライフ」「田園に死す」の活動はもとより、40年にわたる「アングラ劇団」としての運営が評価されたものだ。
 確かに時代は変わった。隔世の感がある。かつて、前身の「演劇団」は紀伊国屋ホールに「殴りこんだ」集団だった。それがいまやその相手から評価されるのだ。
 それについて何も言うことはない。ただ素直に心から快哉を叫びたい。
 ただ愚直に身体を張って「集団」としての「劇」を創り続けてきた、そのことが何より素晴らしい。

 それにしても「パーティー」というものが私は本当に苦手だ。オメデトウの気持ちだけを伝えて早々に失礼する。
 「集団」であることがうらやましい。芝居は「集団」で創るものだ。私はついに自分の「集団」を作れなかったし、関わることができなかった。独りぼっちの俳優ほどさびしいものはない。
 この数年関わってきたプロジェクトの「仲間」がいるのだが、仲間と思っていたのは私の一方的な片思いで、彼らは所詮私を「交渉の相手」としか見なしていなかったようだ。これもまた事実として受け止めるしかない。
 気持ちが落ち込んでいると、何もかもマイナスにしか考えられなくなる。
 彼らのなかの一人がツイッターで呟く言葉にもこちらをあてこすったような棘があり、些細なことに傷ついてしまう。

 それにしてもこの世界はなんと多くの呟きやさえずる声に満ちていることか。そのすべてに耳を傾けるのは徒労でしかないだろう。

 新聞の書評欄に「高峰秀子の流儀」についての記事がある。この稀有な女優の流儀はずばり「求めない」「期待しない」「媚びない」である。
 老子の思想に通じるようなその考えはつまり、「自分を評価しようとするあらゆることから解き放たれ興味を持たない」ことに拠っている。
 所詮、私のつまらぬ繰り言は、自分自身が他人から評価されないことの苛立ちに起因しているのだ。そう思って、何も求めず、期待せず、媚びもしなければ、楽になる。私はただ、自然にここに居る、だけだ。

 亡くなったKさんのことを考える。魂などとは言うまい。ただ、彼の声は今もこの世界にあってたくさんのつぶやき声やさえずりと呼応しているだろう。そこから彼の声を聞き分けたい、と思うのだ。

  「私の個人的な経歴など存在しない。
   そこには中心がない。
   道もなければ、線もない。
   広漠とした空間があり、そこに誰かがいたような
   気がしたけれど、本当をいうと
   誰もいなかったのだ。」     
                 マルグリット・デュラス