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故 アンナ・ポリトコフスカヤ氏 闘ったジャナリスト 5周忌 

2011-10-07 07:14:06 | 情報
 2006年10月7日、ポリトコフスカヤはモスクワ市内の自宅アパート建物エレベーター内で射殺体で発見された。
ロシア警察は事件直後、犯人らしき人物が写っている防犯カメラの映像を公開するなど、積極的に捜査を行い、チェチェン人2人の身柄を拘束。

プロフィール
 (1958.08.30-2006.10.07) ロシア人ジャーナリスト。
1980年、国立モスクワ大学ジャーナリズム学科卒業。モスクワの新聞のノーヴァヤ・ガゼータ評論員。1999年夏以来、チェチェンに通い、戦地に暮らす市民の声を伝えている。その活動に対して、ロシア連邦ジャーナリスト同盟から「ロシア黄金のペン賞(2000)」、アムネスティ・インターナショナル英国支部から「世界人権報道賞(2001)」、および池澤夏樹氏が選考委員を務める国際ルポルタージュ文学賞「ユリシーズ賞」を受けた。2002年、モスクワ劇場占拠事件では、武装グループから仲介役を指名され、交渉にあたった。2004年の北オセチア・ベスラン学校占拠人質事件では、チェチェン独立派のスポークスマン、アフメド・ザカーエフらと連絡をとりつつ、空路北オセチアに向かうが、KGB要員たちの乗り合わせた機内で毒を盛られ、一時重態に。その後執筆に復帰したが、2006年10月7日、自宅の集合住宅のエレベーターで何者かに銃殺された。


 2011年5月31日、ロシア連邦捜査委員会は殺害の実行犯とみられるチェチェン人のルスタム・マフムドフ容疑者の身柄を拘束したことを明らかにした[18]。
彼女の殺害に関しては、何かしら政治的な思惑が働いているのではないかとの見方がある。

ロシア国内における彼女の報道姿勢に対する評判は、どちらかといえば否定的なものが多い。主な理由としては、まず自身の著書において、高い支持率を誇るプーチン政権を徹底的に批判し続ける姿勢が、(プーチンを支持する)一般国民の感情的反発を招いたことが挙げられる。また、プーチン政権と対立していた政商ミハイル・ホドルコフスキーとの「連帯」を表明し、著書のなかでホドルコフスキーの所有していたユコス社を「ロシアで最もガラス張りの企業」と評するなど、露骨にホドルコフスキーを賞賛したことも、彼女のイメージを傷つける要因となった(一般的に、ロシア国民のホドルコフスキーに対する感情は悪い)。

また、自らの著書の中でプーチンをロシアの作家ゴーゴリの作品「外套」に登場する小役人アカーキイと重ね合わせたり、「理由は自分でもわからないが、とにかく(プーチンが)嫌い」と述べるなど、いささか感情的に過ぎるともとられかねない態度をとることもあった。

さらにチェチェン問題では、ポリトコフスカヤ自身は「中立」を表明しているものの、明確にチェチェン独立派よりに立った報道姿勢を貫いていた。ベスラン学校占拠事件やカディロフ大統領暗殺事件など、チェチェン武装勢力側が犯行声明を出した事件に対しても「ロシア政府の陰謀」であり「チェチェン独立派とは一切無関係」と主張していた。このことも、彼女の評判を下げる要因のひとつとなっている。

しかしながら、自身の命の危険に晒されつつも、チェチェン情報を発信し、ロシア国内の人権問題を問い続けた彼女のジャーナリストとしての姿勢は高く評価されている。また、現在のロシア社会を作り出したのはプーチンだけではなく「ロシア国民自身にも責任はある」とも考えており、プーチンやロシア政府、ロシア軍隊を一方的に非難するのではなく、自分自身も含めたロシア国民への自省を促してもいる。

受賞
[編集]2000年1月、「ロシア金ペン賞」受賞。ロシア連邦ジャーナリスト連盟の「善意の行為-善意の心」賞、汚職対策の記事に対してジャーナリスト連盟賞、チェチェンの一連の記事に対して「ゾロトイ・ゴング-2000」賞、アムネスティ・インターナショナル英国支部から「世界人権報道賞(2001)」、国際ルポルタージュ文学賞「ユリシーズ賞」を受賞した。

著書
[編集]『チェチェン ロシアの恥辱』ドイツ・ユリシーズ賞受賞、日本語訳未出版 2003年
『チェチェン やめられない戦争』 日本放送出版協会 2004年 ISBN 4-14-080891-8
『プーチニズム 報道されないロシアの現実』Putin's Russia 日本放送出版協会 2005年 ISBN 4-14-081054-8
『ロシアン・ダイアリー - 暗殺された女性記者の取材手帳』日本放送出版協会 2007年 ISBN 4-14-081240-0  サハリンマンは全て拝読しました。

 彼女が所属していたノバヤ・ガゼータ紙ドミートリ・ムラトフ編集長は、{地球上では、91年以降220名のジャーナリストが、不審死している。特にロシアでは真実を暴く記者らは当局の敵とみなされている。これはクレムリンの責任でもある。}

 ロシアの民主主義体制は再構築されるべきである。
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