「木下黄太のブログ」 ジャーナリストで著述家、木下黄太のブログ。

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仙台の講演会で三百人近くが参加し、ガレキを拡散処分してほしい人は一人もいませんでした。

2011-12-14 15:18:11 | 福島第一原発と放射能

 僕に対して、「あの人がこう言っているから、この人がこう言っているから避難しなくてよいでしょうか?」という類の問い合わせが、非常にまれですが、きています。勝手にしてください。というか、本質的に失礼です。僕はこの問題に懸念を持っている、他の専門家の批判をすることが、仕事ではありません。そういう方たちと見解が異なっても、僕はまったくなんとも思いません。僕は、僕の判断をお伝えしているだけで、本質的にどのように考えていくのかは、みなさん個人個人の人生の問題です。それは、みなさんの人生であって、みなさんの人生の判断は結局は自分がするしかありません。僕は僕の人生は結局僕が決めますし、僕の大切な、本当にごく少数の人間の話であれば、ぎりぎりまでコミットメントしていきますが、世の中の大半の人たちの個別の人生にはコミットメントしていくはずがありません。こんなことは最初からわかっていることで、なんでこんなあたりまえのことも認識せずに、執拗に聞き続けてくる人間がいるのかという事は、僕はものすごく懸念します。どこまで「思考停止」はひどいのか。放射能を安全という「思考停止」がひどいのは、言うまでもないですが、、放射能を危険と考える人たちも「思考停止」したがっている人々がいるということです。今回の事態は平時ではありません。戦時です。そうした異常事態に、思考がきちんと対応しない人々は、ある意味深刻な人たちだと思います。自分の頭で、自分で判断するしかありません。本質的に、僕が問いかけている話と、違う見解をご自身が採用されるのは、まったく自由ですし、僕からとくに言うことはありません。それは、あなたの人生ですから。ぼくの見解を採用しようが、採用しまいが、それは、あなた個人の判断です。

 僕が問い合わせのメールを受けて、電話を聞いているは、深刻な健康相談があったり、個別具体事例の細かい話でお話をしたほうがよいことがあったり、直接の情報提供をいただけることもあるので、オープンにしているだけであって、見知らぬあなたの人生を決める作業を僕がしている訳ではありません。これは、あなたが決めることであって、僕が決めることではありません。こんな当たり前のことも認識せずに、しかも他人の見解と僕の見解の違いの差を、僕に問いただしてくる無神経な感覚は理解できません。というか、迷惑です。僕はまともな人の話はおききしますが、そういう本質的に身勝手で失礼な人間の話を聞くほど暇ではありません。

 放射能被害という事柄は、人間の本質的な部分をクローズアップします。露骨にその人間の本質がクローズアップされます。迷うタイプの人はさらに迷います。醜悪な性格はさらに強まります。放射能という目に見えない存在への懸念は、いろんな人々が、本来はどういう人であるのかを曝け出します。これは、ある意味、恐ろしいことです。怖いことです。僕は自分自身のある種の変容にもそれを感じることはありますし(自分の本質的なことの露呈と言う部分に関しても)、身近な人たちの言説が、実はその人の本質的な性格が強まって出ていることをよく感じます。幸いなことに、最も近い数人の人は、それでも僕が知っていた性格がさらに強まっているだけなので、今までと本質的な関係に変化はありません。そのままの感覚です。まだよかったと思います。しかし、以前すこしは知っていた人たちが、実際はこういう人なんだなとあきれることは多くなりました。人間の中身が露呈されると、知らなくてよかったことを知ることになりました。それは、耐え難い感覚も含んでいます。東京の社会の中で、表面上のビジネス的な関係というのが、本質的な人間関係としては、まったく重要ではないということは、前からわかっていましたが、この事故の後、さらにそう思っています。人間の本質を、放射能が曝け出す事による副作用は、実は大きなものだと僕は思います。

 きのう、仙台市内で講演会を二回行いました。元々六十人規模の会場設定から、百八十人規模の会場に変更し、そこも満員となったため、夕刻に別会場を設定し、結局三百人近くの皆さんに語りかけることになりました。いろんなことで懸念しながら、会場に伺いましたが、首都圏以上に、放射能被害を適正に考えていこうとする皆さんが、宮城県内は言うに及ばず、山形、秋田、岩手、青森、さらに福島県南部などからおいでいただいていて、こんなに東北の皆さんの中で、放射能被害をどう防いでいくのかを真剣に考えている人が多くなっているのかを実感しました。皆さん、震災の被害を多かれ少なかれ受けている方が多いのですが、おそらくそこから、放射能被害に向き合うスタンスができつつあるような感覚かもしれません。夏前に首都圏で講演会を行ったときのような感覚でした。来場されている皆さんの間でも、ここからつながって、いろんな対応をしていきたいという思いが多かったです。

 この仙台市内は平均して500Bq/kg程度の汚染で、感覚的には世田谷区と同程度の汚染と思います。空気感は世田谷よりましだと思います。宮城県の仙台以外は、宮城南部の福島近接エリアの調査を行っていない状態で、900Bq/kg程度の汚染が平均値と思います。こうした汚染を、どう考えていくのかが、ポイントになります。

 また、一番驚いたのは、会場で、僕から宮城や岩手のガレキ処理のことを聞いたときに、「汚染されていないエリアでガレキを処理してほしい」という声は一つもありませんでした。「人を受け入れる。ガレキは受け入れない」という考えの本質を皆さんに理解していただいていて、西日本や北海道の安全をどう担保するのか、人の移住の受け入れ、安全な食糧生産という命題が大切という認識でした。自分たち東北の住民が安全な食料を食べるためにも、安全なエリアを確保してほしいというごく当たり前の感覚です。被災地であるはずの、東北の人々の、こうした当たり前の感覚を、どうして理解しないのかわかりません。いったい、だれが西日本などでガレキ処理をすすめたいのでしょうか?それが政治家や業者の利権構造に深く結びついている疑いがさらに強まるだけなのです。

 放射性物質を付着しているものは、汚染されていないゾーンで、処理をすることは、さまざまなまずい問題を引き起こします。放射性物質は基本的に移動させてはなりません。この根幹的なことを無視する輩はまともな人々ではありません。

 

追記

 仙台若林区のエリアは、どうしても確認したかったので、車で確認しに行きました。僕の生涯見た映像の中で、空撮で、普通の平野部を津波がゆっくりと飲み込んで、ことごとくつぶしていく状態ほど怖かったものはありません。怖いということを超えた恐怖です。あの地の、海岸縁には木製の慰霊塔が立っていましたが、根こそぎ何もない状態でした。同行した仙台に当日いて、直後に避難した女性は「発生後はじめてここにきた。知っている場所がここまで変わったかと思う。ここでよく海水浴を子供としていたのに。」と話していました。

ご冥福をお祈りします。

 三月中旬以降、原発事故の放射性物質拡散に関連し、なんらかの健康影響や異変があると思われる方は、その事象をメールで伝えてください。妊娠、出産に関わらず、医療的な中身に関わる事、会社、組織、学校など集団的におきている事を教えてください。極力、僕にメールしてください。nagaikenji20070927@yahoo.co.jp  


  ある程度被曝しているエリア(首都圏も入ります)の人、特に子ども、妊婦、妊娠可能な女性は、放射性物質の少ない場所に避難すべきだと僕は考えます。優先順位は「避難する」ことです。慢性的に被曝することは避けるべきですから、できる限り早く避難することをすすめます。

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埼玉県志木市でも講演会
 
「木下黄太講演会 in 埼玉県志木市 福島第一原発事故後の今」
 
日時 12月18日(日)
時間 18時15分~20時15分(質疑応答含む)
場所 しきふれあいプラザ(丸井ファミリーフォーシーズン志木8F)
    
 東武東上線志木駅東口徒歩1分(マルイファミリー志木 志木駅改札を出て右手)ふれあいプラザ専用の駐車場はありません。丸井地下の駐車場(市営)もしくは近隣のコインパーキングをご利用下さい。なるべく電車でお越しになることをお勧め致します。
 
              
参加費: 一人500円
※保育対応別途あります。お子様連れでのご参加もお待ちしております。

ご予約お問い合わせ
kodomosukoyakashiki@yahoo.co.jp
吉川