ジョン・アーヴィングの未亡人の一年を読み終わった。
彼はインタビューで「僕は小説家として、読者の笑いや涙を誘い、読者の感情を揺さぶりたい。知的に説得したいとは思わない」といった。
その試みは成功したようだ。
母親が自分の息子を失うということは耐え難い悲しみなのだろう
「悲しみは伝染るのよ」と彼女は言う。
愛する人に悲しみを伝染さないように、彼女はその場を去っていく。
しかし、また、その悲しみは長い時間をかけて乗り越えることも可能だと作者は信じているようだ。
次から次へと女性をかえ浮気を繰り返す父親のテッド、それに対して一人の女性を愛し続けるエディ。
テッドは女性の悲しみに付け込み女性と関係を持つ。エディは女性の悲しみそれ自体を愛する。
両者の愛は対照的だ。
「僕はその女性のすべてを見ようとする」エディはハナにいった。
「もちろん、女性が年をとっているのはわかっている。でも彼女の写真がある。写真がなくても彼女の人生を写真のように想像することができる。身振りとか表情の中に、深く染み込んだ、年齢を超えたものがあるんだ。年をとった女性は自分のことをおばあさんだとは思っていない。僕もそうは思わない。僕は彼女のなかに、彼女の人生をすべてを見ようとする。一人の人の人生全体には、すごく感動的なものがあるんだ」
彼はそこでやめた。気恥ずかしくなったからだけではなく、ハナが泣いていたからだった。
「誰もそんなふうにわたしのこと、見てくれないわ」ハナはいった。
エディの生き方や行動はこっけいで馬鹿に見える。事実、馬鹿にされている。
しかし、彼の優しさは主人公のルーシーのをあたため、傷ついた心を少しずつ変化させていく。
テッドに育てられ混乱した愛情表現しかできなかった彼女は、彼と再会することで人の愛し方を学んでいく。
ルーシーの最初の夫アランが死んだとき読み上げられたイェーツの詩。
あなたが年をとって
髪は白くなり
居睡り好きになって
暖炉の前で
うとうとする時がきたら
この詩集をとりおろして
ゆっくりと読んでおくれ。
そして、あなたの眼がかつて持っていた、
あの柔らかな眼差しを
あの深い翳をふくんだ表情を
思い出しておくれ。
多くの男たちがあなたの明るい愛嬌を愛した。
そして、真偽はともあれ熱情をもって、あなたの美しさを褒めたたえた。
しかし、ひとりの男は、あなたのなかの尋ね求める魂そのものを愛した
そして、その変化する表情の奥にある悲しみを愛した。
だから赤く燃える暖炉の前にかがんで、つぶやいておくれ。
それも少しだけ哀しげに
あの「愛」は遠くに逃げ去って
いま、むこうの山々の上を歩いていると
そして、その顔をあたまの星くずのなかに隠していると。