10年以上前のことだと思うのですが、知人の娘さんが引越しをするというので、知人夫婦が下宿先を訪れ荷物の片付けに行ったおり、娘さんの洋服ダンスのなかにあったかなりの量の洋服を捨ててきた、という話を聞きました。荷物として送るにはお金がかかるので、やむなく、ということなのだそうですが、なかには、タグが付いたままのものもあった、と聞き、とても驚きました。
そのころから、ファーストファッションということばを聞くようになり、ユニクロが全盛期を迎えていたかと思います。衣類の値段が極端に安くなり始めたのです。
半世紀近く前の大学生時代、わたしは月額4000円ほどの家賃の下宿に住んでいました。当時、着るものは母が作るか、ごくたまにセールなどで見つけた手ごろな値段のものを買うくらい。同級生には、「おしゃれして、週に一回は街をウインドウーショッピングするのが楽しみ」と言うようなお嬢さんもいましたが、そういう向きとは無縁の生活を送っていました。
その当時、はっきり覚えているのが、商店街にある公設市場の2階で見つけた黒のタンクトップ。そんな場所にあるのが似つかわしくない大胆なデザインで、背中一面が丸見え。値段は1000円。当時のシャツとしては高くはない。でも、家賃の4分の1です。いまでいうと、5000円くらいになるでしょうか。気に入ったのですが、1000円というお金を出すほど何度も着るかどうか自信がなくて、とても悩みました。
悩んだ末に買ったこのタンクトップはその後、ずいぶん着続けたことをおぼえています。のちに、かなり質の悪いTシャツが500円とか1000円ででまわるようになったかとおもうと、じきに、1000円でも十分しっかりした生地のシャツが売られるようになりました。
物価の上昇に比べると、衣類の値段の上昇がずいぶん抑えられていて、助かりはしましたが、きっと生産地ではしわ寄せがきているのだろうな、と思っていました。
そうしたらやっぱりそうでした。「トゥルーコスト」という映画が数年前にでき、ファーストファッションの裏側がクローズアップされました。なかなか上映会には行けないでいるのですが、甘い話には裏があることを再確認しました。
なにか、こういったテーマのドキュメンタリーを見たいと思っていたところ、先日、たまたま「バングラデシュの衣料工場で働く若い女工たち」という映画を見る機会を得ました。バングラデシュの人たちが制作したドキュメンタリーです。
予想通り、バングラデシュの女工たちは、貧しい村の暮らしでは一家がまともに生活できないため、ろくな教育も受けられず、一家のために街に出て低賃金で働いている人たちがほとんど。100年前の日本の製糸工場の女工たちと同じ境遇です。
彼女たちの労働時間は、一日10数時間。夜明けの2時3時まで働くこともざらにあるようです。現場の主任たちは、彼女たちの仕事がのろかったりへただったりすると、注意だけでなく折檻もします。竹で足場を組んだだけの高床式のぼろ家で共同生活をし、生活費を除くとほとんどを村への仕送りに当てます。かつかつの生活なのですが、それでも、彼女たちは村にいるよりましだといいます。意にそわない結婚をさせられ、母親と同じような苦労をするより、街の生活のほうが束縛が少ないのでしょう。
工場主たちは言います。「私たちがバングラデシュの女性たちの自立の道を開いたのだ」男尊女卑があたり前の社会では、夫に従わざるを得ない。でも、自分で稼げたら事態は変わる。実際、飲んべえで働かない夫と離婚し、女手一つで子供を育てている女性が紹介されていましたが、彼女はベテランの女工です。
バングラデシュにある縫製工場のほとんど(すべて?)は、欧米にあるアパレルメーカーの下請け。トップにあるメーカーの方針次第でデザインはころころ変わり、年々縫製の値段はおさえられています。世界中の先進国で安売り競争が激しさを増し、一方で流行をどんどん作りだして目新しさをもたらさないと、売れないからです。
工場主たちも、必死にならざるを得ないことが映画ではよくわかります。彼らも被害者といえます。ある現場の主任が言っていました。
「バングラデシュでは、高等教育を受けた人は海外に働く場を求めて出て行ってしまいます」彼は中等教育しか受けていません。欧米のメーカー同様に、デザインを考え、市場に売りに出す方策を考えるようなチームを、国内のメーカーでは作り出すことができないのです。だから必然的に、下請けしかできないことになる。悪循環です。下請けでは、独自の仕事の創出ができないのです。
女性たちもものすごく従順です。皮肉を言えば、高等教育を受けさせないで庶民を貧しくて無知なままにしておくことで、使いやすい労働力を次々に補充することができるのだろうな、と思ったことでした。
しかしそれでも、あまりの賃金の低さに耐えかねた女工たちが、数年前、最低賃金の値上げを求めて、デモ行進しました。暴力に訴えることは何一つしていないのに、警察官は彼女たちに向けて発砲。その前後だったかに世界中を驚かせたのが、工場の建物の崩壊です。仕事をしている最中、建物が壊れたのです。従業員たちは何日も前から上層部に異常を訴えていたのですが、無視され、たくさんの従業員がなくなりました。それもひとつではなく、いくつも工場で同様の事故がおきました。
ところで、最近、テレビで見る女性アナウンサーは、前側をボウタイやリボン結びにしたデザインのブラウスをよく着ています。ちょっとギャザーを寄せたちょうちん袖も見かけます。あのデザインは40年~50年くらい前にはやりました。当時、友人がまさに流行の最先端のワンピースを着ていたのですが、それは彼女のおかあさんが娘時代に着ていたというものでした。いくら新しいデザインと言っても、実用に供さないと流行りません。そうするとおのずとデザインの枠は決まってくるのでしょう。だから、何度も似たような、でもほんのちょっとどこかちがうだけの型が手を変え品を変え、はやりすたりするのでしょう。
バングラデシュの女工の話に戻すと、彼女たちの着ている衣装は、みな伝統的な衣装のサリー。彼女たちがミシンで扱う、複雑に裁断した布から縫製する衣服に比べて極めてシンプルで、わたしには優雅に見えました。もちろんあの衣装では、動きにくくて機械に巻き込まれやすいといったデメリットがあると思いますが、布を最大限に生かしているので、おそらくリメイクも、さらにそののちの小さくなった布の利用も、しやすいことと思います。

さて私は、この冬、はじめてのダーニングに挑戦。穴の開いたセーターをいくつも補修しました。世界中の貧しい女性たちが衣装を仕立てるという作業と同じように、繕うことにも工夫と努力を重ねてきたことが、自分でちょっと始めただけで、わかりました。修理したものには愛着がわきます。でもその前に修理したくなるくらい、ちゃんと作ってあって気に入った衣類だけを身の回りにおいておきたい。

映画の最後では、フェアトレードのブランド・ピープルツリーの創始者のインタビューが紹介されていました。ピープルツリーでは、単にフェアなトレードを進めるだけでなく、現地の伝統的な織りや柄をそこなうことなく、現代的なデザインを施した服の生産に努めています。それが現地の人達のより高い収入の確保になるとともに、彼らの自負や生きがいにもつながるからです。
さて、次に私が見たいのは「トゥルー・コスト」。今回の映画とは違って、ピラミッドの頂点に立つ欧米のメーカーの上層部にも直接取材をしているところが興味ぶかいことです。