第一段(抜粋)
夏は夜。
月の頃はさらなり、闇もなほ、蛍のおほく飛びちがひたる。
また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、や・ば・い・。
雨など降るも、や・ば・い・。
秋は夕暮れ。
夕日のさして、山の端いと近くなりたるに、烏の、寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへ、あはれなり。
まいて、雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるは、ち・ょ・う・や・ば・い・。
日入りはてて、風の音、虫の音など、はた、言ふべきにあらず。
第二段(抜粋)
三月。
三日は、うらうらとのどかに照りたる。
桃の花の、いま咲きはじむる。
柳など、や・ば・さ・こそさらなれ。
それも、まだ繭にこもりたるはや・ば・い・よ・。
ひろごりたるは、うたてぞ見ゆる。
おもしろく咲きたる桜を、長く折りて、大きなる瓶に挿したるこそや・ば・い・。
桜の直衣に出だし袿して、客人にもあれ、御兄の君達にても、そこ近くゐて、ものなどうちいひたる、ち・ょ・う・や・ば・い・。
第二十六段
心ときめきするもの。
雀の子飼ひ。稚児遊ばする所の前渡る。
よき薫き物たきて、一人臥したる。唐鏡の少し暗き見たる。
よき男の車とどめて、案内問はせたる。
頭洗ひ、化粧じて、香ばしう染みたる衣など着たる。
ことに見る人なき所にても、心のうちはなほち・ょ・う・や・ば・い・。
待つ人などのある夜、雨の音、風の吹きゆるがすも、ふと驚かる。
第四十段(抜粋)
夏虫ち・ょ・う・や・ば・く・廊のうへ飛びありく、ち・ょ・う・や・ば・い・。
蟻はにくけれど、軽びいみじうて、水のうへなどをただ歩みありくこそや・ば・い・よ・。
第四十一段
七月ばかりに、風のいたう吹きて、雨などさわがしき日、おほかたいと涼しければ、扇もうち忘れたるに、汗の香少しかかへたる綿衣の薄きをいとよく引き着て、昼寝したるこそ、や・ば・い・よ・。
(2021年2月5日発表)
この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第485話として投稿しました。
『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/