H君は小学生の時、同級生の女の子に恋をした。
好きで好きでたまらなくなった彼は、夏休みの午後になると毎日、好きな女の子の住むマンションのまわりを自転車でぐるぐると何十周も回った。汗をだらだら流しながら、それでも、さもぶらぶら自転車を漕いで散歩を楽しんでいるような素振りをして。マンションの前へさしかかると速度を落としてゆっくり漕ぐ。もちろん、彼女に会える確率を高めるためだ。
それに飽き足らなくなったH君は、大好きな彼女の住む部屋の扉へ近づき、ピンポンダッシュを敢行した。廊下の影から誰かが出てくるのを眺め、彼女のお母さんだとがっかりして、彼女が出てくるととてもしあわせな気分にひたった。
「純愛でした」
とH君は美しい夢でも見るように初恋を振り返る。
だけど、はたから見ればストーカー以外の何者でもない。
ストーカーって、好きで好きで大好きでたまらないからこそ、あんなことをするんだろうけどさ。本人はただ純粋に愛しているとしか思ってないんだろうなあ。
H君が警察に捕まらなくてよかったよ。
(2012年4月6日発表)
この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第168話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/