風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

亜熱帯でスタッドレスタイヤ(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第214話)

2013年11月13日 23時30分45秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 大型トラックの運ちゃんと話をする機会があった。
 田舎の農村から出てきた素朴そうなおじさんだ。
 自分のトラックを走らせてはお金を稼ぎ、それで家族を養っている。
 見慣れないタイヤを履いていたのでよく見てみると、スタッドレスタイヤ(雪道用タイヤ)だった。
「おじさんは北のほうまでトラックを走らせるの? 雪が降るところへさ」
 僕が訊くと、
「いや、広東省のなかだけだよ。そんな遠くまで行かないよ」
 と首を振る。
「えっ? それじゃどうしてスタッドレスタイヤなんか付けてるの?」
 僕は驚いてしまった。ここは亜熱帯の広東省。雪は降らない。いくら寒くなっても路面が凍結することもない。スタッドレスタイヤはいらないはずだ。
「なにそれ、スタッドなんとかっていうのは?」
 おじさんはぽかんとする。
 僕が雪道でも滑りにくく作ってあるタイヤだと説明し、
「おじさん、このタイヤは摩擦係数が高いから、用もないのにこんなタイヤをつけて走っていると燃費が悪くなるだけだよ」
 というと、おじさんはますますぽかんとして、
「安かったんだよ」
 と頭をぽりぽり掻く。
「どこで買ったの?」
「近所のタイヤ店でだよ。とにかく、このタイヤがいちばん安かったんだ」
 どういったルートでなのかはわからないけど、北のほうからスタッドレスタイヤが流れてきたのだろう。広東では売れるはずがないし、燃費が悪くて人気もないから、それで安い値段がついたのだろう。
「次に買う時は普通のタイヤにしておいたほうがいいと思うよ」
 僕がそういっても、
「でも、ほんとに安かったんだよ」
 と、おじさんは照れくさそうに頭をぽりぽり掻くだけだ。
 おじさんはやっぱり普通のタイヤと雪道用のタイヤの区別がつかないみたい。いくらタイヤの値段が安くても、燃費を考えたら、結局損することになると思うんだけどなあ。



(2012年12月2日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第214話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/

ツイッター