春節休暇を利用して、上海人の妻を連れて大阪へ帰った。
小旅行がしたかったので、倉敷までの切符を買って妻といっしょに新大阪から新幹線に乗った。
新幹線のホームへ上がると、派手な塗装をした車両がとまっている。ホームの乗客は珍しそうにスマホで写真を撮る。エヴァンゲリオンとコラボしたエヴァ塗装の車両だそうだ。新大阪と博多の間を一日一往復している。僕も妻を先頭車両の脇に立たせて写真を撮った。妻は新幹線に乗るのが初めてだったので喜んでいた。
人気とはうらはらに車内は空いていた。ぽつりぽつりとしか人が坐っていない。エヴァンゲリオン新幹線はこだまだ。みんな急いでいるからのぞみに乗ってしまうのだろう。六甲山の長いトンネルを出てから景色が見えるようになった。日本の風景は久しぶりだなと思いながらぼんやり眺めた。冬枯れの静かな景色だ。途中駅でのぞみに三回追い抜かされた。
岡山で在来線に乗り換えて倉敷まで行った。倉敷駅から歩いて商店街のなかを通り、肉屋でコロッケや鶏のから揚げを買って食べ、それから美観地区へ入った。
美観地区は昔の街並みが保存してある。木造の家屋が建ち並び、焼き板の塀や漆喰の壁が続いている。
「人が少なくて静かでいいわね」
妻が言う。たしかに、人が少ないとなんだか落ち着く。中国の観光地はどこも人だらけだから、静けさを味わうというわけにはいかない。あたたかくなれば倉敷も人が増えるのだろうけど、いちばん寒い時期の平日だから旅行客はほとんどいなかった。ちょうどよかった。堀ばたで写真を撮ったり、路地のなかをあてずっぽうに回ったりしながら、ふたりで静かに散歩した。
大原美術館へ入った。ゆっくり絵を眺める。妻はクリスチャンなので、キリスト教の宗教画は熱心に観ていた。これは復活の日の様子を描いたもので、すべての魂が救済されるのだなどと解説してくれる。
東洋館へ入ると中国の書や壺が飾ってある。
「戦争の時に中国から奪ってきたのね」
妻はおかしそうに笑う。
「違うよ。買ってきたんだよ。昔から貿易してただろ」
誤解されたままでは困るので僕は言い返した。
夜は、美観地区の居酒屋で食事した。
僕はままかりを食べたかったので、ままかりの酢漬けと握りずしを注文した。
ままかりは「飯借ままかり」と書く。御飯が進むので、隣から御飯を借りるほどだということから、この名前がついた。ままかりは岡山地方の呼び名で、正式には「鯯さっぱ」というそうだ。体長は十センチから十五センチくらい。ニシンの親戚だ。いろんな食べ方があるようだけど、僕はやはり酢漬けが好きだ。御飯ではなくままかりのほうをおかわりして、十数年振りにままかりを堪能した。おいしかった。
翌朝、もう一度、美観地区を散歩した。丘に登って街並みを眺めた。やはり静かできれいでいいところだった。
(2016年2月28日発表)
この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第345話として投稿しました。
『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/