雲南省昆明で留学していた頃、通っていた大学の教職員用アパートに住んでいた。大学が六階建てのマンションを何棟も建て、それを教職員へ分配したものだ。間取りは2LDKや3LDKが多かった。教職員用アパートにはすでに退職した方が郷里へ帰ったりして貸し出している部屋がある。外国人留学生の宿舎もあったのだけど、それを借りた方が半分くらいの値段で済んだ。
ある時、下痢が何日も続いた。変なものを食べたわけでもないのにおかしい。薬を飲んでも治らない。お粥だけの食事にしても治らない。どうしてだろうと首をひねった。
そんなある朝、歯を磨こうとして蛇口をひねってガラスコップに水を入れると、水のなかに小さななにかが動いているのを見つけた。目を凝らしてみると、一、二ミリの細長い虫がくねくねといくつも泳いでいる。
「ぼうふらやん」
僕は唖然とした。
生水を直接そのまま飲むことはないけど、うがいした水が胃のなかへ入ったりはする。それで活きたぼうふらをそのまま飲み込んでしまったのだろう。道理でお腹の具合が悪くなるわけだ。
授業が終わった後、水道局へ連絡して係員にきてもらった。事情を話すと、アパートの貯水槽の問題だろうから、まずそれを見るべきだという。水道局の職員が学校の教職員宿舎の管理事務所の担当者を呼び、いっしょに貯水槽を見ることになった。
管理事務所のおじさんはぷんぷん怒っている。宿舎の管理事務所を飛び越していきなり水道局を呼んだものだから、おじさんの面子は丸潰れだ。でも、彼の面子なんてかまってられない。
屋上へ出て貯水槽を見た。僕はてっきり鉄製のタンクが置いてあるものだとばかり思っていたのだけど、貯水槽はコンクリートで作ったプールだった。コンクリートの蓋がしてあるのだけど、その一部が壊れ、水面が露出している。蓋の壊れたまわりには蚊がぶんぶん飛んでいた。貯水槽はぼうふらの水溜りと化していたのだ。きれいな水のプールなんて、絶好の住処だから、卵を産み付けたくもなるだろう。それにしても、きちんと蓋をしないと、雨水が入ってしまうのだけどな。
半年に一度、貯水槽の掃除をしなければいけないのだが、それもやっていなかったらしい。掃除しないものだから、ぼうふらが繁殖するままになった。水道局の職員にいろいろ注意され、管理事務所のおじさんはぽりぽり頭を掻きだした。最後は、悪かったねという感じで笑ってごまかして帰って行った。
その翌々日、貯水槽は掃除され、ぼうふらは出なくなった。僕は虫下しを飲んで胃腸を掃除した。ほっと一安心だ。ただ、貯水槽の実態を見てしまった以上、水道水を煮炊きには使えない。十九リットル入り飲料水の特大ボトルとそれ専用の機械を買ってきて、炊事の時はそれを使うことにした。湯冷ましを飲むこともやめた。飲料水の特大ボトルは電話すれば新しいのを持ってきてくれる。ただ、歯磨きや洗顔に飲料水を使うのはあまりにもったいなくて水道水を使ったけど。
まさか蛇口からぼうふらが出るとは思わなかった。
(2016年5月8日発表)
この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第355話として投稿しました。
『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/