家内の親戚の集まりに出た。おじさんの還暦を祝うために、上海郊外のレストランに集まってみんなで食事したのである。ただ、食事して祝いの言葉をかけるだけなので、日本のように赤いちゃんちゃんこを着せたりすることはない。
僕の隣には、家内の従弟の夫婦が坐った。三十歳過ぎの彼らは結婚して六年ほどになる。子供はまだいない。
彼らは先月沖縄旅行をしたとのことで、食事しながら日本のことなどを話をしたのだが、途中から家内の従弟の嫁の様子がどうもおかしくなった。
「わたしは日本が大好きだわ。だって清潔だもの。あと二十回くらいは日本へ行きたいかなあ」
などと華やいだ声でいい、しなをつくって家内の従弟の腕を取って甘えたりする。それから、彼女は恋愛を始めたばかりの十代の女の子のように甘え続けた。家内の従弟はにこにことほほえんではなにごとかを彼女へささやきかける。
しあわせそうなのは結構なのだが、隣でべたべたされるとこちらは困ってしまう。傍目からみれば、彼女はかわい子ぶりっ子しているようにしかみえない。取り敢えず、見て見ないふりをすることにした。ふたりだけのラブラブなオーラでつつまれているので、話しかけようにも話しかけられない。
還暦祝いが終わって家へ帰った後、
「あの二人はえらく仲がいいんだね。結婚してずいぶん経つのにさ」
と僕が家内に言うと、
「あれはね、彼女の作戦なのよ」
家内は目を光らせる。
「どういうこと?」
「ああやってかわいいふりして甘えたおして、旦那に言うことを聞かせるのよ」
「へえ」
「最近の若い夫婦はそういうのが多いのよ。上海人の旦那さんは奥さんを大切にするから、ああやって甘えられるとなんでも言うことを聞いてしまうの」
「なるほどね」
「だってきつい物の言い方をしたら、言うことを聞いてくれるとは限らないじゃない。だから、じゃれて甘えて旦那をいい気持ちにさせて、自分の要求を通すのよ。彼女は巨乳でしょ。だから、家のなかでは従弟の腕にぎゅっと胸を押しあてて『お皿洗って♡』なんて言うらしいわよ。それで、いつも従弟は『僕がやるからいいよ』ってご機嫌で返事しちゃったりするのよ。それもしょっちゅうだって」
「うまいなあ」
僕もそんなことをされたら「僕が洗うから」と言ってしまいそうだけど、毎回のようにやられてはかなわない。
上海の女の子はしたたかだ。それにしても、上海の男は本当に奥さんに弱い。
(2016年5月11日発表)
この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第356話として投稿しました。
『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/