風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

上海の郵便局にいた怪しげなファンド販売員(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第422話)

2019年02月09日 06時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 上海人の奥さんがお義母さんの年金の手続きで代わりに上海郊外のとある郵便局へ行ってきた。

 奥さんが郵便局へると、フロアに机を広げて坐っていた若い女の子が

「おばあちゃん」

 と声をかけてきた。スモッグのひどい日だったので、奥さんはオーバーのフードをすっぽりかぶり、マスクをかけたうえにマフラーで口のあたりを巻いていた。誰だかわからないような姿だった。奥さんがフードを取ると、

「あっ」

 と女の子は声をあげた。老婦人に声をかけたつもりだったのに、相手は中年女性だったので驚いたのだ。女の子は気を取り直し、ファンドの説明を始めた。利回りがよくて儲かる金融商品などと言う。

「郵便局がファンドを売るだなんて初めて聞いたわ」

 一通りの説明を聞いた奥さんは怪しいなと思ったので、

「契約書を見せてよ。どういう条件になっているのか見てみたいから」

 と女の子に言った。女の子は慌てたように、ファンドを買ってお金を振り込んだあとでないと契約書は出せないという。

「おかしいじゃない。契約の内容がわからなかったら買えないでしょ」

 奥さんは契約書を見せるように要求したのだが、女の子は実はファンドではなくて保険商品だから契約書を見せることはできないなどと適当なことを言ってごまかそうとする。ファンドだろうが保険だろうが契約の前に契約書を確認してサインするのは当たり前のことだ。ますます怪しいと感じた奥さんは「家に帰ったらママに訊いてみるわ」と話を切り上げて断って女の子から離れた。

 この女の子は老人を狙った悪質な詐欺ファンド販売員だ。詐欺ファンドなので契約書など出せるはずがない。

 奥さんの友人の母親が、同じく郵便局のなかにいた似たようなファンド販売員に騙されたことがあった。友人の母親は六十代半ばの老人だ。年金の手続きへ行った時、郵便局のなかで声をかけられてファンドを購入した。なけなしの貯金を運用してすこしでも利子を稼いで生活費の足しにしたいという切実な思いからだ。

 郵便局のなかで販売していれば郵便局の商品だろうと思うものだが、そのファンドは郵便局のものではなかった。販売員も郵便局の職員ではない。ただ、郵便局のなかで場所を借りているだけだ。友人の母親が購入したファンドは二十年経って満期にならないと運用利回りも含めてお金は一切返さないというものだった。老人に二十年満期の金融商品を売りつけるだなんて、まったくの詐欺だ。さいわい、友人がすぐに解約しにいったので、お金が返ってきてことなきをえた。

 銀行のロビーでも同じようなことがあるらしい。もっとひどい場合は、銀行のフロアマネージャーが怪しげなファンドを売っていたりするそうだ。銀行のフロアマネージャーが勧めるものだから銀行のファンドだと思って買ったら、その銀行とはまったく関係のない怪しげな会社の怪しげなファンドだったりするのだとか。

 郵便局や銀行のなかで詐欺ファンドを販売していたら、とりわけ老人相手に詐欺ファンドを売りつけたりしていたら、社会問題になって警察が取り締まりに乗り出してもよさそうなものだが、そうはならないところが中国らしい。渡る世間は詐欺師であふれている。郵便局だから安心だろうだとか、銀行だから大丈夫だろうなどという甘い認識は捨てて、とにかく自分の身は自分で守るしかない。




(2018年1月14日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第422話として投稿しました。
 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/


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