広東省広州にもメイドカフェがあるというので行ってきた。
たどりついたのは、中心地の幹線道路沿いにあるホテルの六階。もちろん、一人では行けないから日本人の知人に連れて行ってもらった。ちなみに、二人とも日本のメイドカフェへは行ったことがない。
「なんだか怪しいよなあ。変なサービスをするところじゃないよね」
なんでメイドカフェがホテルのなかにあるのかと僕は訝ってしまった。
「ほんもののメイドカフェという噂だったよ」
知人はすましている。
エレベーターをおりてすぐメイドカフェを見つけた。薄暗いバーみたいな作りだ。いるいる。メイドがいる。
「いらっしゃいませ」
かわいいメイドが日本語で挨拶する。
「ん?」
メイド喫茶では、メイドが「お帰りなさいませ」と言って「ご主人様」を出迎えるのではなかったっけ? まあいいや。ここは中国だからしかたない。細かいことは言わずに大目に見よう。
小さな店だけど、なかのテーブルはほとんど埋まっている。中国人ばかりだ。とくにアニメファンが集まっているというわけではなく、大半はごく普通の人のようだった。店の壁には、欧米の超B級特撮映画をプロジェクターで放映していた。
メニューを開けると、『天使のココア』『悪魔のココア』『気まぐれメイドの特製ジュース』といったメニューが並んでいる。『メイドがお絵かきしたオムライス』というものもある。たぶん、「おいしくなあれ」とか言いながら、ケチャップで絵を描いてくれるんだろうな。
「『天使のココア』と『悪魔のココア』はどう違うの?」
さっそく、僕はメイドさんをつかまえて質問した。なかなかきれいな顔立ちのメイドさんだった。
「『天使のココア』は白くて、『悪魔のココア』は黒い」
アニメ声の日本語で返事が返ってくる。
「ふーん。それじゃ、『気まぐれメイドの特製ジュース』は?」
「飲める」
あまりにも彼女が真剣に答えるので、僕は思わず笑ってしまった。
「だから、どんなジュースなの?」
「ふつうのジュースだよ。フルーツとか、ココアとか、ジュースとか入っているんだ。おいしいよ」
「なるほど」
僕はそう言うしかない。メイドさんもどんなジュースなのかあまりわかっていないようだ。僕は思わずフルーツとココアをスプライトで割ったジュースを想像してしまった。
「それじゃ、『気まぐれメイドの特製ジュース』を頼むよ」
「はい、ご主人様」
メイドはかわいらしくスカートの両端を持ってお辞儀する。メイド特製ジュースの説明は支離滅裂だったけど、それ以外はけっこう流暢なアニメ言葉で話すのでどこで日本語を勉強したのかと聞いてみたら、学校には通わずに自分で勉強したという答えが返ってきた。独学でこれだけ話せるのならたいしたものだ。
「何歳なの?」
僕が訊くと、メイドは途惑う。日本だと年齢なんて訊けないけど、中国ではわりと気軽に尋ねることができる。
「二十歳……」
彼女は手で口許を押さえてうふふと笑う。
そういうことにしておきますか。
小柄で可愛らしいメイドがジュースを持ってきてくれた。『気まぐれメイドの特製ジュース』はごくふつうのライチジュースだった。まあまあおいしい。
「写真を撮るのはお金が要るの?」
せっかくだからメイドさんの写真を撮りたいと思って、ジュースを持ってきてくれたメイドさんに日本語で質問してみると、彼女は愛らしい目をくりくりさせる。どうも日本語が聞き取れなかったようなので、中国語に切り換えてもう一度質問した。
メイドさんといっしょに撮影すると五元だけど、メイドさんだけを写真に撮るのは無料なのだとか。さっそく写真を撮らせてもらおうとすると、どんなポーズがいいのかと訊いてくる。僕はどんなポーズがあるのかよくわからないので、あなたのいちばん好きなポーズにしてよと言うと、手でハートマークを作ってくれた。かわいいっ。
なんでも彼女は昨日からこの店で働き始めたばかりなのだとか。一生懸命あちらこちらのテーブルへ行き、接客に励んでいる。メイドらしく振る舞おうとしている姿が初々しくてよかった。
さっきも書いたように客のほとんどはふつうの人なのだけど、一人だけ制服のコスプレをした女の子がいたので、
「それはなんのキャラクターのコスプレなの?」
と話しかけてみた。
「キャラクターはないの。ただの制服よ」
「自分で作ったの?」
「服なんて作れないわ。ネットで買ったの」
制服の彼女はけらけら笑う。
その格好でずっと街を歩いてきたのかと尋ねると、今日、広州でアニメ祭りがあったから、それでコスプレをしてその会場へ行ってきたのだと言う。そんなものが広州にあったとは知らなかった。なんでも会場は人で埋まっていて、牛みたいにゆっくりとしか歩けないのだとか。盛況だったようだ。
「行くのなら明日が最後よ。明日で終わってしまうの」
せきこむようにして制服の彼女はしゃべり、チケットを見せてくれた。明日もアニメ祭りへ行くつもりなんだろう。
勘定を払って外へ出ると日本語の上手なメイドさんと新人のメイドさんが店の外へ出て見送ってくれた。
「いってらっしゃいませ。ご主人様っ」
帰りはちゃんと「いってらっしゃいませ」と言っている。
「またくるよ」
僕と知人は手を振ってエレベーターに乗った。
日本のメイドカフェを知らないから本物と比べてどれくらいのできばえなのかはわからないけど、ともあれメイドさんの写真も撮れたし、いろいろおしゃべりできて楽しかった。
次に行く時は、『メイドがお絵かきしたオムライス』を頼んでみようかな。
この稿は「小説家になろう」サイトにて、連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第188話として発表しました。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/188/