ロシアへ行って、ロシア人の知人を訪ねたことがあった。お土産は永谷園のお茶漬けのりと松茸の吸い物。
ごはんがあるわけでもないのに、彼はさっそくお茶漬けのりの封を切り、
「海の香りがする」
と言って喜んだ。大陸の人なので、却って海の匂いに敏感なのかもしれない。僕自身は幼い頃からお茶漬けのりが大好きだけど、海の匂いがするとは一度も思ったことはなかった。
「日本人は魚の香りがする」
とも、彼は言った。
ロシア人から見れば、そんな匂いがするらしい。日本人は、自分たちがそんな匂いがするとは思いもよらないけど、いろんな感じ方があるものだ。
彼は永谷園の松茸の吸い物の大ファンでもあった。
八袋くらい持っていったら、
「おお、こんなにいっぱい」
と、彼は無邪気に感激していた。さっそくカップを二つ取り出し、
「野鶴さんも一緒に飲もうよ」
と僕に勧める。
「僕はいつでも飲めるからいいよ。お土産に持ってきたんだから君が飲んでくれよ」
と言っても彼は聞かない。彼はさっさと二人分の松茸の吸い物を作ってしまった。断るのもなんなので、いっしょに松茸の吸い物をすすった。
「おいしいねえ。なんともいえない香りだよ。わくわくする」
彼は大満足の様子で、もう一杯飲みたいと言う。もう一杯飲んだら、
「もっと飲みたいねえ」
と言う。とめられない感じだったので、僕も付き合い、結局、二人で八袋分を全部飲んでしまった。
どうやら、彼は永谷園の松茸の吸い物に日本のエキゾチックさを感じたらしい。
僕としては、インスタントの松茸の吸い物で大感激してくれて嬉しかったのだけど。
(2011年7月27日発表)
この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第117話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/