国境・・・10
何かあったのか?車夫はスピードを落とし始めた。インドのイミグレーションが近づいているのは分かっている。力車が殆ど停まるのではないかと思うほどスピードを落とすと、車夫は後ろを振り向いた。そして
「パスポート・チェック、パスポート・チェック」
と2度ぼくに言った。インド人は車夫や飯屋の下働きをしている者でも、ある程度は英語を理解する。ぼくとボスの会話を奴は聞いていた。ぼく達が今やっている事を奴は知っている、まずい。パスポートという単語だけが奴の頭に残っている。ぼくは何事もないように前を見ていた。ボスは落ち着いていた、それは隣に座っているぼくに伝わってくる。ボスは密輸入を繰り返し、何度もここを通り抜け対応の仕方を知っている、それは少しくらい危ない場面に遭遇しても自信を持った態度で臨む事だと。ボスは一言、車夫に返事をした。彼が何を言ったのかぼくには分からない、が車夫は立ち上がり力強くペダルを踏みだした。最も危険なポイントは無事に通過した。次はカスタムだ。その先がインドとネパールの国境線上にある遮断機でそこまでがインド国内だ。国境線上を越えるとぼくは逃亡者となる。
車夫は少しだけスピードを落とし顔を横に向けると、「スタンプ、スタンプ」と、ぼく達にカスタムがある事を知らせた。チョロ、チョロと言うボスの声が聞えると車夫は力車を走らせた。国境は通過できる。そんな安堵感がぼくの内に芽生えようとした瞬間、前方を見たぼくは不安に囚われた。