心配だった車は厳しい山道を上りきってくれた。カトマンズ盆地に入る前にもう1度かなり急な上りが待っている。エンジンとラジエーターをクーリングするのにちょうど良かった。フロント・バンパーの中に残っている機器はエンジン、ラジエータと空冷用ファンそれにバッテリーくらいだ。他はすべて取り外してある。後、心配なのはバッテリーとダイナモだ。ヘッドライトは電気を使う。車内には暖房もない、窓の隙間から入ってくる冷たい風で身体が震える。だが、そんな事は我慢できる、車が故障する事なくカトマンズに着いてくれさえすれば良い。
カトマンズを出発した早い便のバスがここムグリンに入って来るようになった。ネパール東部にある国境の町カカルビッタやビラトナガル行きだろう。さあ、出発だ。これからカトマンズへ向かうと多くのバスとすれ違う。カトマンズを出る最終バスが20時だとすれば22時頃まで対向車がある。それが過ぎるとカトマンズへの最後の上りになる。
暫らくは街道沿いにぽつんぽつんと小さな集落があったが上りに入るとそれも途絶えた。22時を過ぎた。時折すれ違う対向車はトラックに替わった。真っ暗い山の上方から下ってくる車のヘッドライトがチカチカと光る。その光によってカトマンズへ向かう道路がそこにあることを知らせてくれる。まだかなり上らなければならない。ぼくが見えるのはヘッドライトが照らし出してくれる狭い前方だけだ。道路は真直ぐには進んでいない、絶えず右左折をくり返す。運転手は顔をフロント・ガラスに近づけて道路の曲がりを早く読み取ろうとしている。上方から下りてきたトラックとすれ違うと前方に光はない。闇に包まれたつづら折をぼく達はひたすら上り続けた。