今まで黙っていた2人のネパール人が言葉を交わした。峠のピークが近い、そう思ったとき前方に黒い家の形が浮ぶ。坂は緩やかな上りに変った。上り坂で沈んでいたリアーは車体の傾きが戻るにつれ浮いてきた。暗い家並みの真中を車のヘッドライトは切り裂くように峠の町へ入っていった。エンジン音が軽い、車は加速し町を走り抜ける。カトマンズ盆地に入る最後のピークをぼく達を乗せた車が超えた。眼下に広がるカトマンズ盆地は深い闇の中に佇んでいる。だがぼくには見える、カトマンズよぼくは帰って来た。
もう上りはない、車は一気に坂を下りカトマンズ市街へ向かった。
「ジャパニー、どこへ着ける?」
「カトマンズの旧王宮の近くへやってくれ」
そうボスに伝えるとぼくはシートに身体をあずけ煙草に火をつけた。窓外に流れるカトマンズの夜景を見ながら煙草を深く吸いこんだ。何もかも上手くいった。何もかもだ。あらゆる偶然性だけがぼくを救ってくれた。