しばらくお休みをしてしまっていました。
理由は体調不良、風邪による高熱、疲労困憊の為です。
お恥ずかしい話ですが、パパは坊主と赤ん坊の風邪を貰ってしまったらしく、かような事態に陥ってしまいました。
猛省するしかありません。
さて本題ですが、読まれる皆さんは、多分10分と掛からず私のブログは読まれてしまうことでしょう。
私は読み易いこと、ストンと胸に落ちる事を考えて文章を熟考し書いていますので、1つのブログに1時間以上は掛けています。
書くと言う行為は頭を使うし、読まれる方々の事も配慮しながらで、私は特に間違った理解をされないように、注意しながら文を作製しています。
簡単に言ってしまえば、体力、知力、文章力、感性が必要とされ、スラッと読ませられる文章ほど案外難しいものなのです。
ところが、この期間でも診療は待ってくれません。
私がオペをしなければ一気に治らない、綺麗に早く痛む事もなく、腫れもなく出血による痣も出ず、縫合による仰々しい糸が見えてしまう事が全くない縫合をしない手術は誰にも任せられません。
従って、何としてでもオペだけはしなければいけないのです。
その為の優先順位として、当り前の事ですがそちらを優先させていただきました。
その為に、ブログ、ツイッターはお休み、と言うことだった訳です。
大変に申し訳なかったです。
それでも、私のこの世に生きている意義、使命は直ぐに綺麗な歯がある即時荷重インプラント治療と超低侵襲手術と言う二律背反、矛盾を解決・融合する道を啓くことなので、一人修羅の如く道を極め進むしかないのです。
幸いにして、体調が不良な時ほど私の感覚は研ぎ澄まされるのか、術後の経過とか美しさを見ていると、少々病気の方が患者さんには良いんじゃないか、と思われる位の結果は出せています。
先日の出張オペの8本の即時荷重インプラント治療も、歯科用CTで見て完璧と言える仕上がりでした。
ご依頼下さった先生が、こんな繊細且つ大胆で綺麗な仕上がりのインプラント治療を拝見したことはないです、と喜んで下さっていました。
この先生は有名なセミナーに出てとても良く勉強しているし、某インプラントメーカーの高名な外人講師の出張オペも経験されている方です。
更には、自分自身有名な講師の医院に通いインプラント治療始め歯科治療を受けてまで勉強されている凄い先生です。
そこまでの先生が、私が一言漏らした「僕は患者さんに辛いオペはしたくないので、なるべくそうならないように配慮してインプラントオペとか再生オペしているんですよ。」と言う言葉が心に残り、それがご縁で私に出張オペを頼んで来られたのです。
そのご期待に充分に応えられたのか、こんな凄いオペ拝見出来て、この出張オペ費用は安過ぎます、とお褒め下さいました。
私としては、お金儲けの為ではなく、患者さんに辛い思い、大変な思いをさせない為、こう言う治療があることを少しでも実践で他の先生方に知っていただく為、インプラント業界のみならず歯科業界全体に夢を抱いていただける為、亡き恩師達のご恩に報いる恩送りを進んでする為、我が使命、生きる意味を果たす為のこととして当然のことをしたまで、としか考えていません。
ですから、頼んでみようかな、と言う費用でないと意味がないと考えており、これで良いと思っています。
これも又、我が修行の道、修羅の道、否私にしか出来ない一隅を照らす道、即ち悟りへと至る道なのです。
出家、得度の道を往けぬ、一愚か者にしか過ぎませぬが、ブッダの説かれたとおり我が道を往くことで解脱したい、と心から望む私なのです。
私が恩師達より灯火を授けられ、それを次へと手渡し篝火とし、やがては大火となって大きく燃え上がるように。
もしくは、私に預られた種が私の手で芽を吹き、次代によってしっかりとした木に育ち、やがてはそのような木が沢山増え林になり、大きな森に育って行くように。
恩師、そして我が名も時の彼方に忘れ去られ、今更何言ってんのそんなの当り前じゃん、と言われる日を夢見て。
独り原野を切り開く者は異能の者、奇人変人の類に他なく、そのような道を平気で往ける者であるが故にその者修羅、鬼と称される者なれば、時の流れの中、静かに老兵は去るのみ、なのです。
まだ、左耳は聞こえず、体調も万全とは言い難い状況は続いていますが、仕事の手は一切落としていません。
当り前です。
前々から宣言していますように、私自身が万が一の不治の病に犯され、例えば癌とかですが、余命が残り少なくなっても私は使命、自分の意義を果たす為に生きます。
体調を管理していただいて、動けるうちは患者さんを救う道を邁進します。
恩師故今間司先生が最後の時まで、病床のベッドの中ですらインプラント治療の新しい治療方法、理論を求め続けられたように。
41歳で亡くなられた今間先生の歳を私は10も超えてしまいました。
今も尚、叱咤されている気がします。
恩師故松平邦夫先生が83歳で亡くなられましたが、先生の私に遺された言葉は「私が教えられることは全て教えました。これからはご自分で道を切り開いて下さい。後は任せましたよ。」でした。
その時、私は僅か29歳でした。
私を乗り越えよ、と松平先生には厳命されている気がしてなりません。
臨床、偉大さで超えられる自信が余りないので、せめて長生きと言う点だけでは84歳以上まで、日野原先生のように生涯現役主義で頑張ろうと決めています。
そこまで頑張れれば、あの世で再会した時に、良くやったとお褒めいただけるでしょうから。
その為に私は生きている、と過言してもあながち間違いではありません。
代表で挙げた恩師は、正しく独り荒野を行く偉人でした。
私がそこまでなれるのかどうかは分りませんが、少しでも近付きたいと思います。
長々と書きましたが、改めての決意表明を今一度ここでし直し、我が道を行く宣言をして締め括ります。
インプラント、総義歯の臨床解説も続けます。
子供時代のお話も綴ります。
勿論、日々の臨床での話も気付いた時に書きます。
これからも宜しくお願いします。
松元 拝
理由は体調不良、風邪による高熱、疲労困憊の為です。
お恥ずかしい話ですが、パパは坊主と赤ん坊の風邪を貰ってしまったらしく、かような事態に陥ってしまいました。
猛省するしかありません。
さて本題ですが、読まれる皆さんは、多分10分と掛からず私のブログは読まれてしまうことでしょう。
私は読み易いこと、ストンと胸に落ちる事を考えて文章を熟考し書いていますので、1つのブログに1時間以上は掛けています。
書くと言う行為は頭を使うし、読まれる方々の事も配慮しながらで、私は特に間違った理解をされないように、注意しながら文を作製しています。
簡単に言ってしまえば、体力、知力、文章力、感性が必要とされ、スラッと読ませられる文章ほど案外難しいものなのです。
ところが、この期間でも診療は待ってくれません。
私がオペをしなければ一気に治らない、綺麗に早く痛む事もなく、腫れもなく出血による痣も出ず、縫合による仰々しい糸が見えてしまう事が全くない縫合をしない手術は誰にも任せられません。
従って、何としてでもオペだけはしなければいけないのです。
その為の優先順位として、当り前の事ですがそちらを優先させていただきました。
その為に、ブログ、ツイッターはお休み、と言うことだった訳です。
大変に申し訳なかったです。
それでも、私のこの世に生きている意義、使命は直ぐに綺麗な歯がある即時荷重インプラント治療と超低侵襲手術と言う二律背反、矛盾を解決・融合する道を啓くことなので、一人修羅の如く道を極め進むしかないのです。
幸いにして、体調が不良な時ほど私の感覚は研ぎ澄まされるのか、術後の経過とか美しさを見ていると、少々病気の方が患者さんには良いんじゃないか、と思われる位の結果は出せています。
先日の出張オペの8本の即時荷重インプラント治療も、歯科用CTで見て完璧と言える仕上がりでした。
ご依頼下さった先生が、こんな繊細且つ大胆で綺麗な仕上がりのインプラント治療を拝見したことはないです、と喜んで下さっていました。
この先生は有名なセミナーに出てとても良く勉強しているし、某インプラントメーカーの高名な外人講師の出張オペも経験されている方です。
更には、自分自身有名な講師の医院に通いインプラント治療始め歯科治療を受けてまで勉強されている凄い先生です。
そこまでの先生が、私が一言漏らした「僕は患者さんに辛いオペはしたくないので、なるべくそうならないように配慮してインプラントオペとか再生オペしているんですよ。」と言う言葉が心に残り、それがご縁で私に出張オペを頼んで来られたのです。
そのご期待に充分に応えられたのか、こんな凄いオペ拝見出来て、この出張オペ費用は安過ぎます、とお褒め下さいました。
私としては、お金儲けの為ではなく、患者さんに辛い思い、大変な思いをさせない為、こう言う治療があることを少しでも実践で他の先生方に知っていただく為、インプラント業界のみならず歯科業界全体に夢を抱いていただける為、亡き恩師達のご恩に報いる恩送りを進んでする為、我が使命、生きる意味を果たす為のこととして当然のことをしたまで、としか考えていません。
ですから、頼んでみようかな、と言う費用でないと意味がないと考えており、これで良いと思っています。
これも又、我が修行の道、修羅の道、否私にしか出来ない一隅を照らす道、即ち悟りへと至る道なのです。
出家、得度の道を往けぬ、一愚か者にしか過ぎませぬが、ブッダの説かれたとおり我が道を往くことで解脱したい、と心から望む私なのです。
私が恩師達より灯火を授けられ、それを次へと手渡し篝火とし、やがては大火となって大きく燃え上がるように。
もしくは、私に預られた種が私の手で芽を吹き、次代によってしっかりとした木に育ち、やがてはそのような木が沢山増え林になり、大きな森に育って行くように。
恩師、そして我が名も時の彼方に忘れ去られ、今更何言ってんのそんなの当り前じゃん、と言われる日を夢見て。
独り原野を切り開く者は異能の者、奇人変人の類に他なく、そのような道を平気で往ける者であるが故にその者修羅、鬼と称される者なれば、時の流れの中、静かに老兵は去るのみ、なのです。
まだ、左耳は聞こえず、体調も万全とは言い難い状況は続いていますが、仕事の手は一切落としていません。
当り前です。
前々から宣言していますように、私自身が万が一の不治の病に犯され、例えば癌とかですが、余命が残り少なくなっても私は使命、自分の意義を果たす為に生きます。
体調を管理していただいて、動けるうちは患者さんを救う道を邁進します。
恩師故今間司先生が最後の時まで、病床のベッドの中ですらインプラント治療の新しい治療方法、理論を求め続けられたように。
41歳で亡くなられた今間先生の歳を私は10も超えてしまいました。
今も尚、叱咤されている気がします。
恩師故松平邦夫先生が83歳で亡くなられましたが、先生の私に遺された言葉は「私が教えられることは全て教えました。これからはご自分で道を切り開いて下さい。後は任せましたよ。」でした。
その時、私は僅か29歳でした。
私を乗り越えよ、と松平先生には厳命されている気がしてなりません。
臨床、偉大さで超えられる自信が余りないので、せめて長生きと言う点だけでは84歳以上まで、日野原先生のように生涯現役主義で頑張ろうと決めています。
そこまで頑張れれば、あの世で再会した時に、良くやったとお褒めいただけるでしょうから。
その為に私は生きている、と過言してもあながち間違いではありません。
代表で挙げた恩師は、正しく独り荒野を行く偉人でした。
私がそこまでなれるのかどうかは分りませんが、少しでも近付きたいと思います。
長々と書きましたが、改めての決意表明を今一度ここでし直し、我が道を行く宣言をして締め括ります。
インプラント、総義歯の臨床解説も続けます。
子供時代のお話も綴ります。
勿論、日々の臨床での話も気付いた時に書きます。
これからも宜しくお願いします。
松元 拝