ニョニョのひとりごと

バイリンガルで詩とコラムを綴っています

3月11日、6年という月日が流れました。

2017-03-11 08:58:52 | 日記


2011年3月11日、想像を絶する東日本大震災がおきた日から6年という歳月が流れてしまいました。

テレビニュースで繰り返し流された津波の恐ろしいほどの勢いを見ながら、私の人生観はいっぺんに変わってしまいました。人間の運命なんていつどうなるか分からない、それならいつこの世とおさらばしても悔いのないように、自分のできる事は何でもやろう、そう思うようになっていました。

大阪に住む私たちも何かをしなければ、自分たちのできることから始めなければと立ち上がりました。被災地の方々のご苦労を考えるだけでも胸が痛くて・・・

4月6日の日には、被災地から発信された記事と写真に衝撃を受け「しっかり見るんだよ」という詩を書き、大阪はもとより奈良での支援チャリティコンサートなどで朗読し7月には13人の仲間たちと共に東北のウリハッキョを訪問しこの詩も朗読いたしました。


똑똑히 보거라
                  

길남아,마이야
똑똑히 보거라
실컷 울고나면
똑똑히 보거라

너희들의 조상이 꾸리고
할머니의 추억의 사진첩도
기쁨도 슬픔도 고스란히 담긴
너희들이 자라난 곳이다

그림자도 흔적도 없어졌어
집도 논밭도 소도 개우리도
송두리채 흘러가버렸단다
눈 깜빡할 사이에 흘러가버렸어

남은것은 잔해만
남은것은 슬픔만
남은것은 고통만

그러나그러나 
너희들이 남았다
희망이 남았다

똑똑히 보거라 
여기에 살던 사람들을 
여기에 있던 집을 논밭을 강아지를 

살아있으면 어떻게나 산단다
희망이 있으면 살아갈수 있단다
만사람이 성원을 보내주고있지 않느냐
우린 혼자가 아니야

똑똑히 보거라
누가 무엇을 
어떻게 하자고 하고있는가를 

「しっかり 見るんだよ」
        


よし君、舞ちゃん
しっかり 見るんだよ
泣くだけ泣いたら
しっかり 見るんだよ

あなた達の先祖が築き
お婆ちゃんの思い出のアルバムも
喜びも悲しみもみんな詰まった
あなた達の故郷だよ

影も形もなくなった
家も 田んぼも 犬小屋も
根こそぎ 流されてしまった
一瞬に 流されてしまった

残ったのものは 残骸だけ
残ったものは 悲しみだけ
残ったものは 苦しみだけ

でも あなた達が残った
希望が 残った

しっかり 見るんだよ
ここにいた人たちを
ここにあった 家を 田んぼを

生きていれば 何とかなるよ
希望があれば 生きていけるよ
みんなが 応援してくれている
一人じゃないよ 私たちは

しっかり 見るんだよ
誰が 何を どのように したのかを

     2011・4・6

またその日、3年生の子どもたちと共に即興で朝鮮の昔話「金の斧、銀の斧」も上演しました。












歌や演奏、詩の朗読など、13人で自分のできることを一生懸命しました。群馬からは詩人の金敬淑さんが、茨城からは詩人の康明淑さんが参加してくれました。東京からはジャーナリストの金日宇さん、金淑子さんご夫妻が、群馬からは焼肉店を営む廉数昭さん、金順子さんご夫妻が駆けつけてくださいました。

大阪からは詩人の李芳世さん、エッセイストの尹美生さん、音楽家の李明玉、高知司さん、夫の金主休、京都からは詩人の河津聖恵さんが参加し,各々自分のできること(歌手は歌、演奏者は演奏、伴奏、詩人は朗読等を、焼肉を持ってきてくださった廉さんご夫妻は、100人近い方々全員に焼肉を振る舞われました。)そしてみんなの様子を記録し「朝鮮学校のある風景」のブログで発信してくださった金日宇さんご夫妻・・・


それから2年後の7月14日、東北を再び訪ねた私は、学生たちに詩や朗読の臨時授業をさせていただきました。




次の日には合流した河津聖恵さんと共に今度は、保護者や同胞たちを対象に講演もさせていただきました。





6年の間、一度も忘れることなく4月の新学期には、心ばかしの支援金も毎年送らせていただきました。有志たちと一緒に図書も送らせていただきました。

6年前お話で共演したこどもたちも、いまや中級部2年生、4月には中級部3年生になります。


福島県のウリハッキョの子どもたちは或る意味、もっとつらい思いをしていると思います。風評被害はなお彼らや家族を苦しめ、3万5000人にも上る仮設住宅でお住いの皆さんは行き場を失い路頭にさまようかもしれません。


「宝塚の市民の会」の皆さんは毎年、夏には福島のウリハッキョの子どもや先生方を招いてくださり綺麗な空気と汚染のない食物を準備してくださり、保養キャンプを組織して下さっています。兵庫女性同盟の方々も共に活動されています。伊丹初級の生徒さんや先生方、保護者の方々も毎年ミニコンサートを準備され、2年前から大阪の私達も一日だけですがお手伝いに行かせていただいています。

















私たちに何ができるでしょう。大きな事は何もできないかも知れない。でもこれだけは出来ます。

決して彼・彼女たちを忘れない。決して東北を忘れない!決して福島を忘れない。この気持ちだけでも持ち続けなければと思います。



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