田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編 40アイスバークの花言葉は『初恋』  麻屋与志夫

2013-07-09 05:13:58 | 超短編小説
40アイスパークの花言葉は『初恋』

東京の病院から退院してきた。
妻はみちがえるほどやせ細っていた。
かがんで背をむけた。
「いやよ。あるけるから……」
あいかわらず、妻は人目を気にしていた。
「そういわずに、背負わせてくれよ」
いやいやながらわたしの背にはりついてきた。
軽い。
まるでなにも背負っていないようだ。
わたしの耳元で、妻ははなしつづけた。
しばらく、はなればなれの生活をしていたので、積もる話がありすぎる。
それにしても、すこし軽すぎはしないか。
もともと小柄で、ウエストなどわたしの太股くらいしかなかった。
靴は22センチ。
体重は38キロ。
でも、いまの妻の体重は?
そこで、わたしはふと気づいた。
妻は人目を憚ったのではない。
わたしに、体重の軽さを知らせたくはなかったのだ。

「薔薇どうだった。枯れなかった」
じぶんの病状よりも庭の薔薇の心配をしている。
「一本も枯らさなかった。毎日水やりをするのが楽しかった」
楽しかったというのは嘘だ。
妻にもそれは伝わってしまう。

「よかった。たいへんだったでしょう。ありがとう」

街には人の気配がしない。
歩いている人は全くいない。
車がときおり通るだけだ。
でも、ドライバーがいるのだろうか。
車が動いているからには、あたりまえだ。
そんなことを疑うほうがおかしい。
わたしは車とは縁遠いせいかつをしている。
運転もできない。
東京で生活しているときは、それでよかった。
生活の基盤を田舎町に移してからは、そうはいかなかった。
なにかと不便だ。
げんにこうして――。
家までの30分、妻を背負って移動している。

「あなた、重くはない。つかれたらいってね。わたしあるけるから」

妻はわたしのことを心配してくれている。
もうすこし、じぶんのことを心配したらどうなのだ。
家に着いた。夕ぐれていた。
庭の常夜灯をつけた。
ライトアップした庭で薔薇は咲き乱れていた。
水やりをしていただけだから、枝はのびほうだいだ。

「ああ、やっともどってこられたのね。もう、どこへも、いきたくない。病院はきらいよ」
「病院がすきになっては……困るよ」
「いつまでも、この庭をみていたほうがいいだろう」

 少し首を傾げて「そうね」と低く言う。

「アイスパークの花言葉知っている? 」
「……」
「初恋よ」



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