田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編41 告白はおはやめに 麻屋与志夫

2013-07-11 04:21:36 | 超短編小説
41 告白はおはやめに

深夜、門の扉をドンドンとたたく音。
「誰でしょうね。開けますか?」
起きてきた老妻が不安げな顔でわたしをみあげた。

「どなたですか」
門扉のそとに声をかける。
「センセイ。野茂です。野(の)茂(も)茂(しげる)です」

すぐにおもいだした。
茂茂とおなじ漢字がつづく。
音読みと訓読みの授業のときに例としてよく話題にした茂くんの声だ。

「うまい!! 鹿沼の水ってこんなにうまかったのですね」
「どうしたの、茂くん。のみすぎよ」

妻が子どもをたしなめる声になっている。
茂はかなり酔っていた。
「水道水といっても、鹿沼は地下水をくみあげているからな。東京の水とは味がちがう」
「そう。そうなんですよ。その水のことで店長と喧嘩に成って……。首」
茂は首を右手でたたいてみせた。
ラーメン屋になりたくて池袋のラーメン店で修行していたのだという。

朝になったら上京しなければならない。
妻にいますこし睡眠をとるようにいった。

「それにぼく、失恋しちまって」
妻がいなくなると、茂はめそめそした。
「茂。おまえ、いつから泣き上戸になった。めそめそするな」
父親が離婚した。
母親のいない家庭で育った茂だ。
妻の数学の時間によく甘えていた。
私塾だから、小学校一年生から高校を卒業するまで在籍してくれた。
わが子同然だ。
だからこそ、女々しいところを妻には見せたくはなかったのだ。

「宇都宮餃子の和美ちゃんが、結婚しちまったんですよ」
隣町から通塾してくれていた娘だ。
ラーメンも出している店。かなり客のはいる店だ。
うすうすは感じていたが。
そこまで思いつめていたとは……しらなかった。
初恋だったのだろう。

「センセイ。それも告白しょうと、帰って来たのに。ラーメン店で修業したから和美チャンの父親に気にいられるとおもって」

和美は一人娘だった。
だから婿取りだとおもいこみ、修行が明けたら告白するつもりだったのだという。
ところが、昨日帰省してみたら東日本ホテルで挙式。
遠くから彼女の白むく姿を眺めた。というのだ。

「告白が遅すぎたのだ。茂がフラレタわけではない。男らしく、あきらめろ」

キッチンからみそ汁の匂いがただよってきた。
どうやら妻はねなかったらしい。
茂に朝飯をつくっているのだ。

「ようし、これから池袋までいこう。わたしたちも東京で仕事がある。いっしょにいって、店長さんに謝ってあげる」

夜はほのぼのと明けていた。
妻が食器を並べる音がキッチンでしていた。




 

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