ピンポンパンポーン
本日はお寒い中ご来店ありがとうございます。
迷子のご案内をいたします。
紺色のダウンジャケットに青色の毛糸の帽子、眼鏡をおめしになられた45歳の男の子が迷子になっております。
お気づきになられたお客様がサービスセンターまでご連絡おねがいいたします。
しばらくして……
ピンポンパンポーン
店内放送のチャイム
さきほどの迷子の45歳の男の子は無事見つかりました。
皆様ありがとうございました。
実は私の息子でございまして、ご迷惑おかけしました。
ピンポンパンポーン
深夜二時。私は聞きなれない音に気づいて目を覚ました。くぐもった低い音が一定のリズムを刻む。近隣の住人が騒いでいるのかと思いながらも睡魔に負けた私は再び目を閉じた。
次の日、朝食の準備をしている妻に昨夜のことを聞いた。
「ねえ、昨日の夜、うるさくなかった?」
「別にうるさくなかったわよ」
「そう……」
あれは夢だったのだろうか。
その日の夜。私は再び目を覚ました。深夜二時。低い音が一定のリズムを刻んでいる。今夜は隣で眠る妻に声をかけようと私は上半身を起こした。隣の布団を見る。そこに眠っているはずの妻の姿は無かった。この音は妻が活動している音なのか。だとしたら一体何をしているのか……。
階下の台所から音は聞こえてくる。少し漏れている明かりを頼りに階段をゆっくりと降りる。妻に気づかれないように慎重に台所の扉に近づいた私は、室内をうかがった。そこには包丁を何度もまな板にたたきつける妻がいた。思い詰めた表情を浮かべる妻の顔に肉片が飛び散っていた。怖くなった私は急いで寝室に戻った。何事も無かったかのように布団に潜り込んだ。目を閉じて眠ろうとしたが、眠れるはずもない。数時間はたっただろうか、二階に忍び足で上がってく音が聞こえた。私は眠っているふりをする。隣の布団に妻が静かに横たわる気配がした。しばらく息を潜めていると、寝息が聞こえてくる。どうやら妻は眠ったらしい。
次の日の朝、私は一睡も出来ずにいた。妻はいつもと同じように朝食の準備をしている。
「僕に何か隠していることない?」
私は妻に声をかけた。
「何も無いわ」
妻は包丁をまな板にうちつけて野菜を切っている。
その日の夜。私は妻の動向が気にはなったが、布団に入ると泥沼の中に沈むように眠ってしまった。深夜二時。またしても階下からの音で私は目を覚ました。隣で眠っているはずの妻の姿は無い。すぐさま私は妻の名を呼び、台所に向かった。台所の室内から明かりの漏れる扉を私は開けた。包丁を振りあげたまま固まっている妻がそこにいた。私は恐怖を感じながら妻に声をかける。
「どうしたの。何してるの」
妻はいたずらが見つかった少女のように黙って笑っている。私はまな板の上を見る。そこには大量の骨が散乱していた。一体何なのか……。妻は慌てる風もなく口を開いた。
「これ豚骨。豚骨ラーメンの下ごしらえのバイトを始めたの。あなた外に働きに出るのあまりいい顔してなかったから。黙っていてごめんね」
豚骨ラーメンの下ごしらえを作るバイト。世の中にはいろんな仕事があるのだなと思いつつ、私は黙って妻の肩をそっと引き寄せた。
節約中心の生活(ある架空の男の生活)
私は日夜、節約につとめている。日の出と共に起き出し、日没と共に暮らす。これは電気代節約のための極意だ。電灯ははずしてある。 トイレ、洗濯はためておいた雨水を利用する。洗濯は手洗い。洗濯機は持っていない。パンツ、肌着などを含む、同じ三セットの服をローテーションさせて着回している。
節約はするが、こう見えて、現代の必須アイテムであるタブレットを保持している。スマホという高級デバイスは持たない。
ここで私のタブレット運用方法をご紹介しよう。まず、コンセントのあるファーストフード店を訪れる。最低金額の食べ物か飲み物を、奥歯を噛みしめながら注文する。席に座る。そして約三時間の充電を開始する。充電が完了するまで絶対に店からは出ない。不退転の志をもって席に座る。充電を行いながら、無料ワイファイを利用する。速やかに外部との連絡を行う。 金額面でスマホとは雲泥の差を生じさせながらスマホと同等の現代生活を満喫していると自負している。
おっと、行きつけのスーパーに行く時間だ。タイムセールが始まる。夕方のシフトチェンジのタイミングで半額シールが大量に貼付される。
タブレットの充電が完了した。私の気力も満タンだ。私は乾燥した唇が気になった。精肉売場で無料で配られているるラードをぐいっと唇に塗り付けて颯爽と店を後にした。
「サイバーショットTX-7に訪れた災い転じて…」
4000円で購入したTX-7
物理ボタンは少なく、背面の液晶画面をタッチしてほとんどの設定を行う仕様となっております。
操作音を消して、画像サイズを最大にして…
自分の好みの設定を済ませた直後、正座して座っているひざの上からTX-7がするりと畳の上に落ちた。
もともとぶつけた痕跡が何個もある現状渡しの個体だったが、これで昇天。
タッチ操作を液晶画面が受け付けなくなる。
写真は撮れる。
不幸中の幸いだったのは設定変更した後だった事だ。
ふう、危なかったぜ。
スーパー銭湯にて
先日近所にオープンしたスーパー銭湯に私は訪れた。来たことがある友人は私に思わせぶりな感想を述べた。人を選ぶと。私は興味を引かれてやってきたのだ。
銭湯から出てくる客はおしなべて疲れているように見えるのが気になった。
自動ドアが開き、建物内に入る。カウンターの若い女性スタッフと目が合った。私は度肝を抜かれた。カウンターの女性には白塗りの顔に隈取りの化粧がほどこされていた。
「いらっしゃいませ」
すべての店員はおそろいの隈取りの化粧だった。
「その化粧すごいですね」
私は思わず聞いた。
「ありがとうございます。スーパー銭湯のコンセプトを表したコスチュームになっております」
「コンセプト?」
「あら、もしかしてご存じありませんね。大丈夫かしら…」
「なにか問題でもあるのですか」
「実はこのスーパー銭湯は、スーパー歌舞伎をモチーフに世界観を構築しております」
「スーパー歌舞伎ですか。私、歌舞伎は嫌いじゃないから大丈夫ですよ(この店員さんは変わったことを聞くな)」
「そうですか。では、こちらの書類に住所、氏名、年齢、現在の健康状態を記入していただきますか」
「健康状態ですか」
「はい、念のためでございます。では入湯料をいただきましたので、これを手首にまいてください。さきほど記入していただいたデータを入力しましたので、万が一の時も安心です」
「万が一ですか?」
「はい、万が一です。ではこちらもお渡しいたします。ハーネスです。脱衣場に専門のスタッフがおりますので、後ほど、裸になられた後、着用させていただきます」
「ちょっと、待ってください。どうしてハーネスなんか付けるんですか」
「スーパー歌舞伎ご存じですよね」
「はい」
「スーパー歌舞伎と言えば宙釣り。スタッフが操作するクレーンで宙を舞い、次から次にめくるめく湯船を堪能していただきます」
「お若ぇの、お待ちなせえなし」
いらっしゃいませ。個室コンビニにようこそ。
おどろいていらっしゃいますね。それはそうでしょう。個室コンビニ、本日オープンしました。ドアを開けたら畳半畳ほどのスペースに私がいて、ドアは閉まってしまいますから。ふふ、この狭い空間に店長である私と二人。さぞや困惑されていらっしゃるでしょう。この個室コンビニのいいところは一歩も動かずにすべての商品を手に取ることができる事です。どうぞ、私の存在は気になさらずに存分にお買い物されてください。
ちなみに今日は何をご所望ですか?ほう、お酒とつまみですか。では、私の股間の下あたりに発泡酒とするめがございます。
私の右ワキのしたあたりにポテチなどもございます。私の存在は気になさらず、どうぞ存分に買い物を……、え、気になるって?