三次駅周辺を歩いてたら『カープ電車2023』が停まってました。やっぱ、広島県内だとカープ関連のものテンション上がりますね~。
10月に静岡県に行くのですが、その際に『青葉おでん街』に行ってみたいです。静岡駅近くのビルが建ち並ぶ一角に、昭和の空気感を漂わせるおでん街があります。1間間口のおでん屋さんが10数件軒を連ねているそうです。
「静岡おでん」には五か条があるようです。
・黒はんぺんが入っている
・黒いスープ(牛スジ)
・串にさしてある
・青のり・だし粉をかける
・駄菓子屋にある
静岡市内に行った際には足を運んでみよう。。。
「静岡おでん」には五か条があるようです。
・黒はんぺんが入っている
・黒いスープ(牛スジ)
・串にさしてある
・青のり・だし粉をかける
・駄菓子屋にある
静岡市内に行った際には足を運んでみよう。。。
槍ヶ岳は、飛騨山脈南部にある標高3180 mの山で、日本で5番目に高い山です。一度は登ってみたいと思ってはいるのですが、日帰り登山が出来る山じゃないので、自分的には難易度の高い山です。槍ヶ岳山頂直下にある槍ヶ岳山荘付近から望む槍ヶ岳です。写真はフリー素材のものを拝借してきています。写真におさめるだけでもチャレンジしてみたいものです。
たけはら町並み保存地区内の本町通から西に向かう路地である大小路沿いに建つ「春風館・復古館」です。どちらも重要文化財ではあるのですが、非公開なので路地に面した門と塀しか見ることが出来ません。
頼山陽の叔父である春風は、大阪で医学と儒学を学び、医業を開業し、塩田経営にも乗り出し、天明元年(1781)に春風館を建築。その後、安政元年(1854)に焼失しましたが、安政2年(1855)再建されています。本町通に並ぶ商家ではなく長屋門をもつ屋敷構えとなっています。頼春風の養子である小園の子三郎が分家し、春風館の西側に隣接して復古館を建てています。
頼山陽の叔父である春風は、大阪で医学と儒学を学び、医業を開業し、塩田経営にも乗り出し、天明元年(1781)に春風館を建築。その後、安政元年(1854)に焼失しましたが、安政2年(1855)再建されています。本町通に並ぶ商家ではなく長屋門をもつ屋敷構えとなっています。頼春風の養子である小園の子三郎が分家し、春風館の西側に隣接して復古館を建てています。
たけはら町並み保存地区内には絵になるビュースッポトが沢山あるのですが、ここ西方寺への参道階段もその一つではないでしょうか。なんか登ってみたくなる雰囲気が漂っているんですよね。
今日はうだるようなというか、日差しが強烈でクラクラとしそうな暑さでした。車から事務所までのほんの少しの移動でもかなりきつかったです。こんなときは「冷たいぶっかけうどん」を欲してしまうので『セルフうどん おかだ』に行ってきました。ここでは、細めでありながら、弾力もしっかりとした、繊細なうどんをいただけます。事務所の近くだとかなりの頻度で足を運ぶのだけど、ちょっと遠いんだよね。
セルフうどん おかだ
所在地:香川県丸亀市飯野町東二623−1
定休日:土曜日・日曜日
所在地:香川県丸亀市飯野町東二623−1
定休日:土曜日・日曜日
全国の歴史的建造物を活用して事業展開してる『NIPPONIA HOTEL』が、たけはら町並み保存地区にも展開しています。全国で維持に困っている歴史的建造物は多数存在しているのですが、活用法が見いだせず朽ちてしまっている建物も多数のも現実です。そういった観点からNIPPONIAのような資本が入るのも良いことだと思います。
たけはら町並み保存地区内に建つ「旧岩本邸」です。現在はリノベーションされていて「SAMURAI HOUSE-安芸竹原邸-」となっています。東京に本社を構える『株式会社サムライインキュベート』の拠点となっているようです。青い漆喰がとても印象的な建物で、屋根にちょこんとかぶってる破風が目を引きます。たけはらの街並みはいろんな色の漆喰が塗られているのも興味深いですね。
むくり屋根が印象的な『旧松阪家住宅』です。江戸末期の文政年間頃に建てられた商家で、往時は製塩業や醸造業などの商いを手掛けられていたようです。むくりをつけられた屋根は出し桁により軒を深くし、柱・梁などの構造体にも漆喰が塗りこめられています。漆喰はクリーム色?になるのかな、とても周囲の街並みと違う独特な存在感を出しています。正面左寄りに設けられた玄関左側壁は、腰板張りの上与力格子が設けられていて、右側は出格子となっています。つし2階部分の虫籠窓には雲形の枠に菱格子となっています。竹原市指定の文化財となっています。
たけはら町並み保存地区・本町通りの中央あたりから入る石段の上にある浄土宗の寺・西方寺の境内南側に立つ、舞台造の観音堂です。普明閣と呼ばれています。竹原市指定有形文化財です。この建物も、観光案内でよく紹介されています。
たけはら町並み保存地区のメイン通りである本町通りを北西方向に進んだ突き当り部分に建つ辻堂『胡堂(胡子神社)』です。景観建造物として、観光案内等にはよく登場している建物です。製塩業が盛んだった頃、たけはら地区は上市・下市と呼ばれていて、胡堂は上市の商業の守り神として祭られていました。辻堂の多くは、街並みの中にひっそりと目立たない形で建てられていることが多いですが、たけはらの辻堂は、存在感ありありです。ビュースポットとしては逃せられないものの一つだと思います。
「たけはら町並み保存地区」内で店を構える「竹鶴酒造」です。丁度三差路になってて、入母屋の妻が二つ並ぶ姿が印象的です。妻入りの商家も比較的少ないのでちょっと新鮮ですね。
メニューに地獄蕎麦(辛味大根)って書かれてたので、食べてみました。っがそれほど辛味も感じずに食べ終えてしまいました。イメージ的には大根おろしで食べる醤油うどんをイメージしてはいたのですが。逆に、ほんのりとした大根の辛味で、結構おいしくいただけたので良しとしよう。
約10年前に徳島県神山町にて開所した『えんがわオフィス』です。築100年程の古民家を再生してオフィスとして活用しています。ガラスで構成された外壁周囲に縁側が設けられています。
徳島県神山町は、『地方創生の聖地』と呼ばれ、多くの企業のサテライトオフィスが集まってきています。平成17年(2005)9月に町内全域に光ファイバーが敷設されたことが一つの契機なんだろうとは思いますが、なにかそれをけん引した人物がいるのだろうとは思います。最初にサテライトを開所したのがSansanで、平成22年(2010)10月になります。下の写真の『えんがわオフィス』は平成25年(2013)7月なので、六社目グループになります。『えんがわオフィス』とともに視察者が訪れる『プラットイーズ』も同時期に開所しています。地道な活動をおこなってきたのだろうとは思いますが、まちのにぎわいを創出出来てることは素晴らしいと思います。
徳島県神山町は、『地方創生の聖地』と呼ばれ、多くの企業のサテライトオフィスが集まってきています。平成17年(2005)9月に町内全域に光ファイバーが敷設されたことが一つの契機なんだろうとは思いますが、なにかそれをけん引した人物がいるのだろうとは思います。最初にサテライトを開所したのがSansanで、平成22年(2010)10月になります。下の写真の『えんがわオフィス』は平成25年(2013)7月なので、六社目グループになります。『えんがわオフィス』とともに視察者が訪れる『プラットイーズ』も同時期に開所しています。地道な活動をおこなってきたのだろうとは思いますが、まちのにぎわいを創出出来てることは素晴らしいと思います。