詩人PIKKIのひとこと日記&詩

すっかりブログを放任中だった。
詩と辛らつ日記を・・

女漁り<本澤二郎の「日本の風景」(3223) <中国人観光運転手の見た日本人>

2019年07月16日 | 犯罪
 昨夜は、実にひょんなことから、北京で観光会社の運転手として、長く勤務してきたという人物が語ってくれた、本当の日本人男の評判を聞いてしまった。「日本の男たちは、夜遊びが大好きで、そのため、なかなか仕事が終わらない。夜が遅くて泣かされた」というのだ。台湾や韓国への日本人観光の多くの目的が、女漁りとは聞いていたが、北京でもという話は、これはニュースであろう。

<北京の公安に見つかった政治家>
 深夜、中国人女性と戯れていた大物政治家のことは、何度か聞いたことがある。そこへと通報を受けた公安(警察)が踏み込んできた。
 以前は、ソウルや台北で、その筋の機関から女性の接待を受けていたようだ。直接、政治家本人から聞いていたが、北京では女性接待を禁じていたものだから、北京での日本人観光客の女漁りの話には、驚いてしまった。
<ナベツネ名詞をドイツの女性が見せびらかしていた!>
 読売OBの衆院議長の話を思い出した。確かドイツのフランクフルトの売春婦が、かの数百億円の資産を蓄財したとされるナベツネの名詞を持っていた、というすごい話である。
 「そのことだけは言わないでほしい」と拝み倒されたといって大笑いしたものである。ナベツネの恩師で仲人は、平和軍縮派の戦闘的リベラリストの宇都宮徳馬さんである。最近は、この事実さえ知らない記者がいるのに、時代の流れを感じてしまう。

 宇都宮さんは、改憲軍拡派の新聞に転向させたナベツネを、何度も「忘恩の徒である」と吐き捨てたものだ。
<安倍晋三の好きなモスクワ?>
 1月22日の安倍晋三とプーチンの日露首脳会談は、もう25回も続いてきたという。
 これを女漁りの日本人男性に言わせると、心臓はモスクワが大好き、ということになろうか。憶測を交えなくても、確実なことである。
 返還されもしない北方四島を「戻るかもしれない」とのムードを流布することが、心臓の強いところである。主権者を小馬鹿にすることは、心臓にとって屁でもないのだろう。
 「今度ばかりは、心臓も相当疲れているので、夫人も同行させている」と消息通は指摘するのだが。「交渉加速」と「交渉継続」を6年間聞かされてきた日本人も心臓も辛抱強い。
<ロシアの素敵な女性を政治家が打ち明けてくれた!>
 残念ながら、まだロシアの地を踏んだことがない。行ったことがないので、よくモスクワへと足を延ばしていたロシア通の自民党政治家から、話は聞いていた。その機会が、何度もあった。
 アルコールが入ってなくても、自然にモスクワの女性が話題になった。すばらしい、素敵なロシア女のことである。 彼は、東京では見返りに、同じような接待をしたという。

<心臓はポチか猫か>
 国民の多くは、心臓のことを「ワシントンのポチ」と決めつけている。亀井静香さんなどは、そのことで大いに怒っている。
 だが、心臓のプーチンに対する態度は犬というよりも、猫ではないか。最近、そう思うようになった。
 幼いころ、我が家には、いつも猫がいた。冬には猫が布団の中で、暖をとってくれた。猫の特徴は、よくじゃれることである。心臓はプーチンにじゃれている、そんな感じだから、これは外交ではない。
 プーチンの一挙手一投足にじゃれている?間違っているのであろうか。

<同行記者は襟を正せ!>
 心配なことは、同行記者らの素行についてだ。
 心臓とは6年の間に何度も何度も同行する新聞テレビ記者は、様々な経験をするため、それだけで大変な資産である。真実を報道すれば、の話だが、それは出来ない。国民の多くは彼らの「女漁り」を心配している。

 昔の話を披瀝すると、1973年12月のことだった。田中角栄・東南アジア歴訪の時のことである。日本がエコノミックアニマルと言われていたころで、アジア諸国民の日本批判は頂点に達していた。

 角さんは、一番手ごわい娘の真紀子さんを連れて各国を訪問した。彼女の英語力が爆発した瞬間だった。
 初めての首脳外交の同行のため、健康管理に失敗ばかりしていた。つまりは、下痢の日々だった。他方、当時の各国の生活は貧しかった。
 宿泊するホテルの前には、地元の女性が記者の到着を待ち構えていた。それをバンコクで体験した。部屋で下痢対策をしていても、同僚の記者が女性を連れて押しかけてきた。閉口したものである。

 こうした経験は、外交官や商社マンにとって日常茶飯事であろうが、未経験のモノには驚きの連続だった。
 そこで心配なことは、心臓に同行してきた多くの記者団の、夜の大活躍のことである。血税投入の、心臓のモリカケTBS山口強姦魔事件隠しの外遊費用は、諸外国向けのバラマキだけでも50兆円を超えている。
 ジャーナリストの矜持を忘れてはなるまい。ナベツネ化は日本沈没の因であろう。

*原発と水俣病 2008年02月16日
チッソの創業者・野口遵からはじまる人間関係は、広大であった。野口は曽木電気という電力会社を設立したあと、余った電力を利用して日本窒素という肥料会社を設立した。すでにこの出発点から、化学と発電が同じ人間によって経営されていたことになる。そして野口は、日本がアジアを侵略する新興財閥として朝鮮半島に渡ると、1926年には水力発電をおこなう朝鮮水電を設立後、朝鮮窒素肥料を設立して、両者を合併した東洋一の電力化学コンビナートを建設したのである。

当時、この現場で野口コンツェルンに勤務していた人間の名前として、吉岡喜一、西田栄一、久保田豊、角田吉雄、朝香三郎、宗像英二の6人が記憶されなければならないだろう。
吉岡と西田は、のちにそれぞれ水俣病大量発生時に、水俣工場の排水口から水銀の放流をとめなかった日本窒素の「社長」と「水俣工場長」として、最高裁で有罪が確定した。

 すでに登場したように、久保田豊と角田吉雄は、薬害エイズを放置した83年の厚生大臣・林義郎の身近な一族であり、特に久保田は、戦後も日本のアジア経済侵略の代表者として、アジア各国に膨大な借金をつくらせた人物でもあった。朝香三郎は、これもすでに述べたように、危機管理の第一人者・佐々淳行と、満州事変時に内務大臣として弾圧をおこなった安達謙蔵の身近な一族である。

 1931年に関東軍によって満州事変がひき起こされたあと、野口遵は 中国大陸北部へ進出し、満州の利権にも介入していったが、当時、満州国の商工次官をつとめて水力発電事業の責任者であった岸信介と折衝して、満州~朝鮮の共同水利開発の条約を締結することに成功した。このころ、満州の産業を支配していたのは、満州重工業の初代総裁となった鮎川義介であり、彼ら三人はライバルというより、互いに利権をあいだに置いて、協力的な関係にあった。
 
しかも鮎川義介のごく近い一族が、のちに総理大臣となった岸信介当人である。しかし、さらに近い一族が東急電鉄の五島昇であり、この五島昇の親友が、はかならぬ「エイズ研究班班長」の安部英であった。あらゆることが、戦時中に仲間となった人間関係から生まれてきた。- - - 内務省特高警察を指揮していた正力松太郎と、東急電鉄創業者の五島慶太は、東京帝国大学法学部で同期であった。この五島慶太の息子が、五島昇である。

この鮎川義介の義兄弟として、やはり満州・朝鮮の大きな利権を握っていた久原房之介が、日立製作所の創業者であった。三菱重工、東芝と並ぶ、今日の原子炉メーカー "御三家"のひとつである。鮎川義介、岸信介、久原房之介、正力松太郎たちが、いずれも戦後に戦犯として巣鴨刑務所に入獄した仲間であるのは、このような親しい関係では当然であった。また、彼らに比べて一世代あとのもうひとりの人物、中曽根康弘の場合は、鹿島建設会長・渥美健夫と子供同士が結婚しているが、渥美健夫の弟・渥美昭夫の義父・篠原三千郎が、東急電鉄社長として、五島慶太の大番頭であった。

朝鮮現地で野口コンツェルンの中に頭角を現わしたのが、チッソ社長の吉岡喜一らと共に働いていた前述の宗像英二であった。
 宗像は、戦後、財閥解体と共に日本窒素から分離した旭化成の重役に一度転じたあと、チッソの野口研究所で理事長として君臨したが、この時こそまさに、チッソの排水口から水銀が放流され続け、水俣病がすさまじい勢いで被害者を発生した時代にあった。その宗像が、やがて、68年には、別の世界でトップの座についた。日本原子力研究所(原研)の理事長となって、原子力時代を動かしはじめたのである。
水俣病と大気汚染公害など、あらゆる影を背負って、その内部から原子力発電所が誕生してきた。また、その影を背負って、薬害エイズが誕生してきた。それが、岸信介、鮎川義介、久原房之介、武田長兵衛、宗像英二、五島昇、中曽根康弘へとつながる一族を中心として生み出されたものであったことが、系図から見事に浮かびあがってくる。

梅澤邦臣が科学技術庁の原子力局長だった71年、中部電力最初の浜岡原発1号炉の建設がスタートし、彼は事務次官に昇格した。メーカーの東芝では、その一族として重要な役割を果たした玉置敬三が翌72年に社長に昇格、同じ一族に、初代の原子力委員会委員長・正力松太郎と原子力委員会の委員長代理・井上五郎があった。

井上は中部電力の社長から、日本原子力産業会議理事、さらに動燃理事長という履歴を飾ったのである。その一族に、浜岡建設業者の鹿島建設・鹿島守之介の姿があった。
梅澤邦臣が科学技術庁の原子力局長だった71年、中部電力最初の浜岡原発1号炉の建設がスタートし、彼は事務次官に昇格した。メーカーの東芝では、その一族として重要な役割を果たした玉置敬三が翌72年に社長に昇格、同じ一族に、初代の原子力委員会委員長・正力松太郎と原子力委員会の委員長代理・井上五郎があった。

井上は中部電力の社長から、日本原子力産業会議理事、さらに動燃理事長という履歴を飾ったのである。その一族に、浜岡建設業者の鹿島建設・鹿島守之介の姿があった。

日本では、官僚から天下りして企業の経営者となり、巨大な利益を懐に入れる者が、夥しい数をかぞえる。官僚から政界に転じ、国会を覇府として、さらに大きな利権を手にする慣習がある。

大地震があれば、プールはコンクリート製であり、そこにばりばりと亀裂が入れば、水が抜けてゆく。また原子炉には制御棒があるが、使用ずみ燃料プールには制御棒がないので、万一の臨界反応(核分裂反応)の暴走という危険性が潜在している。いずれの場合にも、使用ずみ燃料が出す巨大な熱によって、燃料が灼熱状態になり、メルトダウンを起こしはじめる。原発を何十基もまとめた事故であるから、チェルノブイリ原発事故とは比較にならないほど大きな地球規模のカタストロフィーになる。

原発で事故が発生した場合、一般の被害者が原子力事業者(電力会社)の過失を立証することは不可能に近いので、「無過失責任」が採用されている。破局的な事故が発生しても、原子力事業者と保険会社を保護するためにつくられたのが、1961年に制定された「原子力損害の賠償に関する法律」であった。しかも、実際の原子力損害における責任限度額は、賠償金が原発1基あたり最大300億円、最小10億円という驚くべき小額である。これ以上の損害賠償は国家が肩代りすることになっているが、国家による賠償は、義務づけられていない。一方、原子力事業者の財産保険は、1000億円を超えている。
広瀬 隆 著「腐蝕の連鎖」薬害と原発にひそむ人脈より抜粋

この他、サリドマイドや薬害エイズにスモン病とこの国の公害とか薬害と呼ばれる事象に厚労省と製薬会社に連なる人脈と官僚や御用学者に政治家とこの国の腐敗の一大モニュメントが六ヶ所村の再処理施設なのだと思う。
薬害エイズの人脈が731部隊の人脈まで遡れ原発推進の人脈と重なるとは?などとこの本を昔に読んだ時に思った。

広瀬隆の調査能力には恐れ入った。
大多数の国民が原発など望まずクリーンエネルギーを望むのに何でこの国は?なんて素朴な疑問からこの本に行き着いた。
御用学者が原発は安全です大嘘をつき続けた結果この国は破局寸前まで来ている。
関東大震災が起きた時どうなるのか?
おそらく何が起きても誰も責任など取らずというこの国の不可思議な機能不全の歴史の正体は政官財による閨閥の生き残りでしか機能していないというこの国のお粗末な現実から来る。
だから機能不全に写るだけで・・・・・・
それで滅んだとしても人間の愚かさに変わりなく、電力会社の腐った人脈によってこの国が滅ぶ可能性は非常に高いかと思う。
で、こういう奴等が愛国心だの共謀罪だのと謳うのだから笑っちゃうのであります。
国を滅ぼしている奴等が国を動かし放射能を垂れ流す、その人脈に水銀を垂れ流し水俣病を起こした人脈があり閨閥を作り上げる。
ということであります。

日本人慰安婦の話~橋下“維新の会”は聞け 美輪明宏】(2013年ライブドアニュース

2019年07月16日 | 犯罪
 2019年は安倍晋三にとって、正に正念場の年である。その策略を、神道の大本山・伊勢神宮参拝で披歴した。筆者は、今朝ほど伊東正義の好きな言葉を思い出した。「伯母桜(うばざくら)の厚化粧」である。老いた芸者は、厚化粧をして純真無垢の客をたぶらかすという。疲れ切った7年目の表情の心臓は、皇位継承儀式の衣でしっかりと蓋をかけておいて、まんまと悲願の憲法改悪を強行しようと企んでいる。したがって、この6年の間に比べて、改憲トーンを落として、人々を目くらまそうという戦術変更なのだ。


<政教分離違反を報じた新聞テレビは存在したか>
 伊勢神宮参拝は、憲法20条違反である。
 公人が特定宗教施設を参拝することは、憲法が禁じている。国家神道の本山を参拝する皇室は、おそらく公人ではなく、私人としてこっそりと自己の信仰として参拝しているはずである。公費の支出は行われていないだろう。
 安倍晋三のそれは、明白な憲法違反である。仏教やキリスト教団の対応に注目したい。野党議員は、国政調査権を行使、政府に対して参拝の経費を詳細に明らかにする義務があろう。

 特に、神道は侵略戦争の最前線で、侵略日本軍の精神を拘束して、かの地で蛮行の数々を引き起こしてきた元凶である。70年以上経つのに、それの謝罪と反省をしていない。依然として靖国・伊勢・出雲など神道は、戦争の清算を行っていない。ゆえに隣国だけでなく、世界の宗教界からも警戒されている原始の宗教である。

 憲法20条を知る日本人にとって、そこでの参拝と記者会見は驚愕すべき事態なのだ。このことを新聞テレビは報道したであろうか。していないとすると、彼らは言論の自由を容認した憲法に違反したジャーナリストということになる。
<166億円皇位継承祭りで主権者をたぶらかす策略>
 1月4日の報道では、もっぱら心臓は皇位継承のことに力点を置いて語っていた。三選後の2019年の皇位継承時期など、一連の政治日程は、改憲に向けて細かく計画されたもので、皇室の政治利用としては、極め付きであることを理解することが出来る。

 NHKを先頭にした皇位継承儀式で、茶の間の人々の頭脳を完璧に掌握して、それ以外の政治課題を封じ込めるとの強い心臓の意図を感じる。

 天文学的な借金大国だというのに、実に166億円の巨費を投入して、150年前の明治維新さながらの政治パフォーマンスを主宰する心臓というのである。
<下駄の歯政党の狐と狸の化かし合い>
 他方、ネットで確認したのだが、信濃町の年頭に当たっての恒例の街頭演説も、心臓会見に歩調を合わせていたことを、どれほどの国民が理解していたであろうか。
 
 要するに、それは多数の横暴を戒める見識のある公約だった。むろん、裏がある。これは野党の言い分であろう。数の横暴を自民党と一緒になって強行してきた公明党ではないか。

 この様子を政界雀は「街頭演説では、狐がマイクを握り、狸がそばに控えていた。これでは2019年は化かし合いの年。化かして9条改憲を強行すると宣言するような場面だ。お腹は毒饅頭で腹いっぱいとみた」と揶揄する。

 「この様子を池田大作さんが見ることが出来ていたら、なんというだろうか」と第三者も心配してしまいそうだ。中には「年頭の安倍改憲論のトーンを抑えさせたのは、信濃町のワル知恵に違いない」といったうがった見方もある。
<国民・アジア諸国民は厚化粧に騙されてはならない>
 かつて改憲派の中曽根康弘に対して、松野頼三は「中曽根は富士山に譬えられる。遠くで見ていると一見、美しく見えるが、そばによると、何のことはない、岩がごろごろ転がっている」と酷評していたが、心臓の顔面にも同じことが言えるのではないか。

 厚化粧も、近くに行くと、正体がばれるものだ。日本国民は、まずは政教分離の憲法違反に対して、直ちに議会と司法の場で抵抗してゆく必要があろう。平和国民を続け、である。
<現在、主権者は沈黙するモノ・慰安婦ではない!>


これが日本人慰安婦が表沙汰にならない理由!
 従軍慰安婦と言うと韓国に目が向くが、日本にもたくさんいた。
 韓国人の10倍、いや、もっといた。

 それがなぜ、表沙汰にならないのか? 
 それには、悲惨すぎて残酷な事情があった。
 戦前は、生活苦から親が娘をカネで売る人身売買が公然と行われていた。
 いつの時代も犠牲者は貧しい人たちである。
 そんな実態を美輪明宏が公にした。以下に抜粋して転載する。

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 【日本人慰安婦の話~橋下“維新の会”は聞け 美輪明宏】(2013年6月のライブドアニュースより)

 今日はですね、橋下さんが発言しちゃって問題になっております、従軍慰安婦問題。

あれは若い方はトンチンカンで、何の話だか全然お分かりにならないんじゃないかと思いますね。10代後半20代30代の方なども。

 従軍慰安婦というのは半世紀以上前の第2次大戦の戦争中のお話でしょう。メディアは終戦記念日に近くなると、爆撃でやられた話とか、そういった人たちを取材した話ができますでしょう。
 でも従軍慰安婦の人たちは直に話を聞けないんですよね。
 韓国と中国の従軍慰安婦の人ばかりが取り上げられますけれども、日本人の従軍慰安婦の人たちもいたんですよ。いっぱいいたんです。
 でも日本人慰安婦たちは何故取り上げないのかといったら、その人たちが、もう酷い目に遭ったんですね。

 まず、私が何故そんなことを知っているかと言いますと、終戦後にその人たちが満州、つまり今の中国から引き揚げてきたんですね。
 引き揚げてきて私、長崎でございましょう。長崎には丸山遊郭という有名な、女郎さん遊女たちがいて売春する、そういう街があったんですね。
坂本龍馬なども遊んでいたような有名な所ですね、日本の3大遊郭という。
 これが、戦争中にカフェやバーも遊郭もみんな閉店させられて全部が商売営業停止になったんですよ。そしてその人たちは行き場が無くなったんですね。

 どういう人たちが遊女になっているかというと、人身売買が当たり前の時代でしたから、貧しい農家の娘さんたちが、自分が売られていけばお父さんもお母さんも弟たちも飢え死にしないで済むからといって、女衒(ぜげん)と言われる人買いに連れられて遊郭に身を売られていったんですね。

 一家の犠牲になっている貧しいお嬢さんたちが多かったんです。
 閉鎖されて行き場が無くなった時に、軍の出先機関で大政翼賛会という組織があったんです。
 そこの人に「満州に良い仕事があるぞ」と声をかけられ、カフェとか遊郭があるから、そっちへ行って稼げばいいということで、そして喜んでそちらへ行ってみたらなんと、話が違って従軍慰安婦だったというんですね。

 従軍慰安婦の人たちは、軍に従うと書いてあって第一線を付いて周るんですね。
そして筵(むしろ)みたいなものを敷いて、コーリャンという麦よりももっと不味(まず)い穀物で作った真っ黒いおにぎりですけれど、私も長崎で食べたことがありますけれど、食べられた物じゃないです。

 それを枕元に置いて食べながら、表には兵隊たちが木札をもってズラリと並んで、それを一人ひとり(セックスの)相手をして。

 そして敵が来たら身を守るためといって銃の練習をさせられて、敵が押し寄せてきますでしょう、馬賊とか匪賊(ひぞく)とか。そうすると兵隊と一緒に戦うんですって。
 戦って流れ弾に当たって死んだら、今度は日本婦人がそういうことをしていたというと恥になるからといって、モンペやなにかを脱がして支那服に着替えさせられて、そして放り出されるんですって。

 そして埋めてももらえない。焼いてももらえない。野ざらし、雨ざらし。山犬の食い荒らすままになっていて。
 終戦後に引き揚げてくるときに、まず軍人の将校たちと家族がトラックに乗って逃げて、自分たちは置いてきぼりになったんですって。

 他の移民団、開拓団の人たちと一緒になって、命からがら引き揚げてきて村に帰ったら、村の恥さらしとか面汚しとか言われて。

 そして家へ帰ったら、自分はお父さんお母さん、一家のために売られて行ったのに、「お前のやっていたことが世間様に知られたら、家の恥になる、出て行ってくれ。」と。
 だから、みんな自分が従軍慰安婦だったというのを隠しているんですよ。
 だから日本人の従軍慰安婦は一人も出てきませんでしょう。そういう事情があるんですね。

詩 俺を縛り首にしてくれ  現代と過去、女性の生き難さはいつも同じ〜韓国映画『雪道』 笠原眞弓

2019年07月16日 | 犯罪

昔からずっと想っていた
誰でもいいから
俺を縛り首にしてくれ

そう自覚したのは
中学に入ってすぐの昼下がりの
日陰の雪だまりを見下ろしていた時

あの雪だまりに飛び込めたら
どんなにいいだろうかと
ひりひり痛感した


 韓国と日本は戦時中の慰安婦に加えて、特に最近は徴用工問題がクローズアップさてい る。しかもそれらには往々にして、ヘイト・クライムが伴う。しかも日本政府は、ほとん どいつも逃げ腰だ。「ほとんど」と言うのは、かろうじて河野談話が出ているからだ。

 ところでこの映画『雪道』(監督:イ・ナジョン)はまさに、だまされたり拉致されたりして朝鮮との国境近く 、現在の牡丹江市の慰安所に連れて行かれた少女の物語である。

 だからといって「被害者」として声高に叫んだりはしない。淡々と事実を写していく。遠 慮がちに、ところどころ出てくる朝鮮籍の兵士をいじめたり、突然怒り出す日本兵や慰安 所の管理人のおばさんの態度が気になったりするのだか。

 もちろん彼女たちには人権はなく、妊娠すれば堕胎させられ、梅毒に侵されれば殺され る。自殺の自由さえない。

 もっともひどいのはその隊がフィリピンに移動になる前日、現地調達品は捨てていけと いう命令に従って、日本人以外の慰安婦は殺されることだ。つまり彼女たちは人間ではな くて「物」なのだ。それを察して主人公の2人の少女は前から話していた逃亡を決行する 。雪の中を1カ月も歩けば朝鮮だと聞いたかすかな情報を頼りに。

 さて、映画はハルモニ(おばあさん) の慰安婦時代と、現在その隣に住む女子高校生と の交流という二重螺旋になって進む。少女たちは、いずれもその歳では背負いきれない現 実を背負って生きているし生きてきた。戦時の非人間的な扱いとその後の故郷に住めない 辛さ、現代の崩壊家庭の中で虚勢を張っていないと潰されてしまうような「女の子」。

 2人の生き難い女性が、次第に家族のようになっていく。どんなに突っ張っても見捨て ないハルモニ。その少女時代の真実の話。その話を聞きながら、少しやさしい表情を浮か べる「突っ張り」。もしかしたら、彼女も素直な高校生になれるのかもしれないと希望が 見えてくるのだった。そしてハルモニにも……。

●上映は3月2日(土)18:30
於:なかのZERO小ホール 入場料:1500円
主催:「雪道」東京特別上映実行委員会
申込み・問合せ:050-6873-9916 kmoviesc@gmail.com