全国で4800店を超える販売店やウェブサイトで展開しているが、今年7月以降の申し込み件数は1日平均で約5.7件にとどまる。流行のサブスクも自動車となるとうまくいかないのはなぜか。
契約伸びず、収益化になお時間
キントは車両代のほかに登録時の諸費用、税金、任意保険料などを含む毎月定額の料金を払えば新車に3年間乗れるサービスだ。「プリウス」や「RAV4」「ヴォクシー」など15車種から1車種を選べる。最も安いのは2019年11月に発売されたばかりのコンパクトSUV「ライズ」で月額3万9820円(税込み)~。最も高いのは、高級車の「クラウン」で月額9万5700円(同)~。サービスは2019年3月から東京都内で試験的に始め、7月に全国展開を開始した。
キントの運営会社、キント(社名も同名)は、12月16日に初めて契約件数を公表した。東京地区ではトライアル期間だった今年3~6月の4カ月間でわずかに83件。それでもサービスの全国展開に踏み切ったが、結果は7~11月の5カ月間で868件。1日平均で6件に満たない水準だ。
全国展開と合わせて大量にテレビCMも投入したが、全国での認知度は11月末時点で18.2%にとどまる。キントの小寺信也社長は「認知度が上がっていけば広告宣伝費が減って損益分岐点(ブレークイーブン)に到達するが、そこまでには数年かかる」と述べた。
こうした状況に手をこまぬいているわけではなく、テコ入れ策も打ち出した。来年1月以降に新たに16車種(トヨタブランド8車種、レクサスブランド8車種)を追加する。最も安い利用料金はパッソの月額3万2780円~となる。利用料金がさらに安い月額1万~2万円台で中古車版のキントも導入する方針だ。群馬県の販売店で実験的に始め、状況を見て全国展開したい考えだ。これまではキントの申込みは個人に限っていたが、法人の受付も来年1月から開始する。
運営会社側は今回、具体的な総費用(諸費用、任意保険込み)の比較も示した。例えば、初めて自動車を所有する22歳の人がライズを購入した場合は3年間で約166万円、月額では約4万6000円(3年後の残価を差し引いて試算)かかる。キントを利用した場合は3年間で約143万円、月額では3万9820円となる。月額で6000円ほど負担が軽い計算だ。
しかし、全体の契約に占める18~29歳の割合は20%、10歳刻みでほかの世代と比較しても際立って多いわけではない。現時点では「サブスク」としての商品性を十分に訴求できているかという点では疑問が残る。
自動車保険込みはメリットなのか
「最大のメリットは保険料だが、メリット享受は等級の低い人のみ」とも指摘する。これに対し、キントの小寺社長は「自動車保険の等級が高い人が払う保険料と、キントの利用料に含まれる自動車保険料の金額はさほど変わらない」と話す。
小寺社長によれば、キントの加入者全体で見たときには、年齢が高い人が保険料を月に数百~千数百円上積みすることで、若い人の保険料を圧縮する構図になるという。金額面での差はほとんどないにしても、キントを使う場合は自身の保険等級が更新されないのをデメリットと感じる人もいる。自動車保険は通常6等級からスタートし最高は20等級。3年間無事故であれば等級は3つ上がるが、キントは何年使っても等級は上がらない。
キントの小寺社長は「KINTO ONE TMTは昔から付き合いのあるお客さんの契約がメイン。われわれのキントは普段販売店との付き合いがない顧客がメイン。割ときれいにすみ分けができている」と話す。
ただ、前出の販売会社幹部によれば、「トヨタモビリティ東京ではオリジナルプランの方が本家のキントよりも好調」というから驚きだ。今年7月~9月の3カ月間ではオリジナルプランは150件の契約があり、本家のキントの約4倍になったという。
今でも月に50件ほどの受注がある(トヨタモビリティ東京広報)ことから、好調を維持しているといえる。直営販社が本家よりも使い勝手のいいプランを展開している”ちぐはぐ感”も否めないが、顧客のニーズを掴めているのであれば、そちらも全国展開してみる意味はあるかもしれない。
1年更新のキントも存在した
キントには別の親戚もいる。地場資本の福岡トヨタが展開する「KINTO ONE FT」だ。福岡トヨタは、福岡県のトヨタ系販売会社で最大規模を誇る。最大の売りは利用期間が3年間ではなく1年間であること。本家と同じ自動車保険込みで、8車種から選べる。
本家に比べてラインナップは見劣りするが、1年おきに違う車種が使えることに魅力を感じる人もいるだろう。転勤族の多い福岡という地域では一定の需要も期待できそうだ。福岡トヨタの取り組みも参考にしながら、キントとしては今後、契約年数が3年以外のプランも追加していく方針だ。
ただ、利用期間をどのくらいに設定するかは事業者サイドとしては悩みの種だ。キントではレクサスブランド専用の別のサービス「キントセレクト」も展開する。月額で19万8000円~(税込み)で、6車種の中から好きな車種を選び、半年おきに乗り換えることができる。
今年2月からトライアルを続けているが、「半年では短すぎる」という声や「もう少し安くしてほしい」という声もあるという。たとえ半年でも使用された車は中古車になるため、その中古車をどう流通させていくかも課題だ。キントの中古車版は新車版で使われた車両の受け皿となるという意味では1つの解決策になるが、中古車版を豊富なラインナップで展開するためには、まずは新車版の普及が欠かせない。
キントは普段、自動車販売会社と接点のない層へのリーチを狙うが、実際の納車やメンテナンスでは販売店が関わる。販売店のスタッフの対応次第で、トヨタブランドへの印象も変わる。キントの利用後に新車の購入につながる可能性も秘めている。
だが、販売会社の多くはキントの販売に消極的だ。東京の地場資本が運営するトヨタ販売店のスタッフは、「販売店として収益面でのメリットはほとんどない。われわれからお客さんに提案することはない」と言い切る。
「キントを顧客に勧める理由がない」
収益面でのメリットについて先述の西日本の販売会社幹部が詳しく教えてくれた。マージンは車種ごとに全国の販売店の平均利益率をベースに算出され、店頭で契約に至った顧客だと2%分、ウェブ経由の顧客は4%分が運営会社のキントに取られるという。
例えば、全国平均のプリウスの利益率は8%強だが、キントの契約が成立した場合、店頭でのマージンは6%強、ウェブ経由は4%強になるという。また、点検時の工賃も通常販売時の工賃と比較すると半額程度のイメージ」(同)。この幹部の販売会社ではキントを取り扱っているが、契約はこれまでゼロだ。「残価設定型クレジットなどで売る方が、収益性が高く、今のところキントを顧客に積極的に勧める理由が見当たらない」(同)。
2018年1月に「自動車会社からモビリティ会社への転換」を打ち出したトヨタ。その陣頭指揮を執る豊田章男社長の鳴り物入りでスタートしたのがキントだ。従来は「石橋を叩いて渡る」ともいわれる保守的な企業にあって、新サービスのローンチまで1年で漕ぎつけたのは奇跡的とも言える。
豊田社長は「何が成功するかはやってみないとわからない。とにかく始めてみて変えるべきところは変える」と話し、100年に1度と言われる自動車業界の変革期にスピード感を持って対応しようとしている。国内でのトヨタ車販売が堅調なうちに改革を進めたいというのが豊田社長の本心だ。その思いを共有する販売会社の経営陣も増えているが、トヨタから立て続けに打ち出される新たな施策を評価する販社トップの目は相当に厳しい。
キントを本格的に普及させるためには、販売会社にとっても魅力的な商品にする工夫が欠かせない。