「あ、それ、昨日の新聞に書いてあったなぁ。」と私が言うと、
背の君が一瞬驚いたようにこっちを向いた。
それから、少しくしゃっとした顔をして言った。
「あんた、新聞が読める時間が出来たんやなぁ。ぴ~が来てくれたおかげやなぁ。」
私が結婚した時は、妹はまだ18歳。
彼女は背の君の事を「お兄さん」とは呼ばずに「にいちゃん!」と呼ぶ。
そして背の君は自分より一回り近く年の離れた彼女の保護者の気分が抜けないらしく、
もう四十を過ぎたのに、妹の事は未だに「ぴ~」と呼んでいる。
私がぽ~で、妹がぴ~
はいっ!二人合わせて ぴ~ぽ~ぴ~ぽ~
二人寄れば騒がしい事この上ないのである。
(妹の話題も増えるので、今後は彼女の事をぴ~と記しまする)
背の君が続けてぽつりと言う
「ぴ~は、強なったなぁ・・・ふにゃふにゃ言うてたのになぁ。」
************************************
ぴ~が中学3年の時に、住んでた家が無くなったのを最初に
彼女の大切な節目節目は家庭の事情で穏やかに過ごせた例がなかった。
うちに双子が生まれた時も、なかなか外出できなかった姉ちゃんを哀れんで
学生の身でありながら、休みの時には背負子で一人を背中に括りつけ
バーゲン会場へ連れて行ってくれた、良く出来た妹なのである。
(私は人込みが苦手で、バーゲン会場へは足がすくんで入れないのですよ)
姉としては、あの子が幸せであれかしといつも祈っては来たものの
長男が産まれてしばらくして、どうも成長が遅れていると気にかけ始めた頃、
私は2年間異国へととんずら・・・いや・・・住まいを移していた。
その間、彼女は息子に障害がある事を知り、
かぁちゃんの嫁ぎ先でのトラブルを一身で受け止め
最も大変な時期を一人で乗り切った。
帰国してすぐ、コロコロしていた彼女がガリガリになっていたのを見て
口には出せなかったけど、「ごめんな。」と何度も心の中でつぶやいた。
そう。そんな事を口に出したら、双方共に崩れ散る。
なので、ぎゃはぎゃは笑いながら全てを武勇伝に変えて笑い飛ばす
いろいろあったんだぁ。それでもいっぱい頑張ったんだぁ。
笑い飛ばすには余りに重過ぎる事だってたくさん・・・。
中でも一番キツかったのは息子の障害をその父親が理解できなかった事・・・。
受け入れられないんじゃなく、理解出来ない事が分かったって事・・・。
そんな事を、自分で最終結論を出すまで相談すらしなかったんだ。あいつは。
一昨日、妹夫婦が夫婦じゃ無くなる為の薄っぺらい紙切れに、私も筆を加えた。
「ねぇちゃん、これ書くの二回目や~っ」
「・・・頼むでぇ、ほんまにぃ。」
私はとうとう親と妹の独立記念の証人となってしまった。
証人には何の権限もないけれど、今より幸せになってもらわなくては困る。
すっかり強くなった妹と、世間から遠ざかってしまった姉と
力関係はどうやら逆転してしまっているけれど、
姉としての意地もある。
これから益々、姉妹漫才の腕を磨こうぞ!!
しかし・・・しかしだ・・・。
深呼吸出来るまでに、姉はいつものスーパーへ行くのに
二周りも三周りも遠回りせねばならなかったのだよ。
それだけの一人の時間は最低限必要だったのだよ。
ここ数年、桜の頃は毎年慌しかったけれど
この春ほど変化の激しい年は初めてだった。
新しい緑がその存在を確かな緑色で確実にする季節。
そろそろそれぞれの居場所も一応は確保できたような気がする。
さてさて肝心の私自身は変わらないいつもの場所。
“伯母ちゃん”の占める割合が多くなったけれど、
遠い未来はまだ何も見えない。だけど・・・
今宵の夜空には麗しきお月様
とりあえず明日は晴れだな
背の君が一瞬驚いたようにこっちを向いた。
それから、少しくしゃっとした顔をして言った。
「あんた、新聞が読める時間が出来たんやなぁ。ぴ~が来てくれたおかげやなぁ。」
私が結婚した時は、妹はまだ18歳。
彼女は背の君の事を「お兄さん」とは呼ばずに「にいちゃん!」と呼ぶ。
そして背の君は自分より一回り近く年の離れた彼女の保護者の気分が抜けないらしく、
もう四十を過ぎたのに、妹の事は未だに「ぴ~」と呼んでいる。
私がぽ~で、妹がぴ~
はいっ!二人合わせて ぴ~ぽ~ぴ~ぽ~
二人寄れば騒がしい事この上ないのである。
(妹の話題も増えるので、今後は彼女の事をぴ~と記しまする)
背の君が続けてぽつりと言う
「ぴ~は、強なったなぁ・・・ふにゃふにゃ言うてたのになぁ。」
************************************
ぴ~が中学3年の時に、住んでた家が無くなったのを最初に
彼女の大切な節目節目は家庭の事情で穏やかに過ごせた例がなかった。
うちに双子が生まれた時も、なかなか外出できなかった姉ちゃんを哀れんで
学生の身でありながら、休みの時には背負子で一人を背中に括りつけ
バーゲン会場へ連れて行ってくれた、良く出来た妹なのである。
(私は人込みが苦手で、バーゲン会場へは足がすくんで入れないのですよ)
姉としては、あの子が幸せであれかしといつも祈っては来たものの
長男が産まれてしばらくして、どうも成長が遅れていると気にかけ始めた頃、
私は2年間異国へととんずら・・・いや・・・住まいを移していた。
その間、彼女は息子に障害がある事を知り、
かぁちゃんの嫁ぎ先でのトラブルを一身で受け止め
最も大変な時期を一人で乗り切った。
帰国してすぐ、コロコロしていた彼女がガリガリになっていたのを見て
口には出せなかったけど、「ごめんな。」と何度も心の中でつぶやいた。
そう。そんな事を口に出したら、双方共に崩れ散る。
なので、ぎゃはぎゃは笑いながら全てを武勇伝に変えて笑い飛ばす
いろいろあったんだぁ。それでもいっぱい頑張ったんだぁ。
笑い飛ばすには余りに重過ぎる事だってたくさん・・・。
中でも一番キツかったのは息子の障害をその父親が理解できなかった事・・・。
受け入れられないんじゃなく、理解出来ない事が分かったって事・・・。
そんな事を、自分で最終結論を出すまで相談すらしなかったんだ。あいつは。
一昨日、妹夫婦が夫婦じゃ無くなる為の薄っぺらい紙切れに、私も筆を加えた。
「ねぇちゃん、これ書くの二回目や~っ」
「・・・頼むでぇ、ほんまにぃ。」
私はとうとう親と妹の独立記念の証人となってしまった。
証人には何の権限もないけれど、今より幸せになってもらわなくては困る。
すっかり強くなった妹と、世間から遠ざかってしまった姉と
力関係はどうやら逆転してしまっているけれど、
姉としての意地もある。
これから益々、姉妹漫才の腕を磨こうぞ!!
しかし・・・しかしだ・・・。
深呼吸出来るまでに、姉はいつものスーパーへ行くのに
二周りも三周りも遠回りせねばならなかったのだよ。
それだけの一人の時間は最低限必要だったのだよ。
ここ数年、桜の頃は毎年慌しかったけれど
この春ほど変化の激しい年は初めてだった。
新しい緑がその存在を確かな緑色で確実にする季節。
そろそろそれぞれの居場所も一応は確保できたような気がする。
さてさて肝心の私自身は変わらないいつもの場所。
“伯母ちゃん”の占める割合が多くなったけれど、
遠い未来はまだ何も見えない。だけど・・・
今宵の夜空には麗しきお月様
とりあえず明日は晴れだな