ついさっき侯爵は自分の苦しい胸の内を一瞬見せてしまったが、今回は押し寄せてきた大きな喜びをうまく隠すことが出来た。ごく単純な事柄であるかのように、この上なくさりげない口調で彼は礼を述べた。が、すぐに出て行くことはせず、ありきたりな台詞を並べると、「では明後日」と繰り返して立ち去った。
男爵は肘掛椅子にへたり込んだ。理性では抑えきれないような強い感情に翻弄され、軽蔑に値する破滅的な愛情を、しかしどうしても捨て去ることができず、彼はこれまでずっと手酷い苦痛を味わってきた。しかし彼が長年追求しても得られなかった秘密の答えが偶然もたらされた今ほど、完璧に打ちのめされたことはなかった。心に受けた傷が時間の経過によってその痛みを鈍化させていたのに、半分かさぶたが出来かかっていた傷口が新たにえぐられるように焼けるような痛みとなって戻ってきた。この女、彼の名前を持つ女の恥ずべき行動に歯止めを掛けようとしてきたあらゆる試みは無に帰した。彼は彼女を愛するのと同じ強さで彼女を憎んだ。
「ド・シャルース伯爵から金を脅し取っていたんだ」と彼は思っていた。「恐喝だ! 彼らの娘を養女にする権利を彼に売ったんだ……」
人間の心とは何と奇妙なものか。もっと悲惨な状況にある者たちなら取るに足りないと思うようなこの状況が、哀れな男爵をかくも絶望に駆り立てていた。パリで有数の金満家の一人に数えられるからといって何になる!彼は妻に化粧や衣装代だけのために月八千フランを与えていた。年に十万フラン近くになる。それに、四半期ごとに彼女のためにかなりの負債額を支払っていた。それにも拘わらず、彼女はかつて自分を愛した男からも金を取り立てていたのだ……。
「一体何に使うのだ、それだけの金を?」と苦痛と怒りで頭が一杯になった男爵は呻いた。「何百万という金を煙のように消し去るどんな魔法を使っているのだ?」
ある名前、フェルナン・ド・コラルトという名前が口まで出かかったが、彼はそれを声に出しては言わなかった。ようやくパスカルの姿が見えたのだ。彼のことを忘れていた。
「ああ、フェライユールさん!」と彼は悪夢から覚めた男にようにハッと我に返って言った。パスカルは応えようとしたが、出来なかった。それほど彼の頭にはいろんな考えが渦を巻いていたのだ。
「ド・ヴァロルセイ氏の言葉をお聞きになりましたね?」と男爵は続けて言った。「今や疑いの余地なくマルグリットの父親が誰なのか、分かりました……さて、どうするかです……あなたが私の立場だったら、どうします?」10.6