残念なことに、これは長続きのしない幸福であった。他の共同所有者たちが到着し、今度は彼らが騎手と共に巡回を始める番になり、手持無沙汰になったウィルキー氏は馬場を離れた。彼は巧みに馬車の列を潜り抜け一台の馬車を捕まえることが出来た。そこには昨夜彼と夜食を共にしてくれた二人の女性が乗っており、常にも増して真っ黄色の髪を見せびらかしていた。そこでも彼は自分に注目を集める方法をちゃんと見出していた。これぞ粋というところを見せてやるのだ!馬車の荷物置きにシャンペンを詰め込んでおいたのは伊達ではなかった……。そして頃合いを見計らって馬車の座席から身を乗り出すと大声で叫んだ。
「さぁ来た来た来た来た!ナントの火消し、ブラーヴォー! 火消しに百ルイだー!」
ところが残念、哀れなナントの火消しはコースの半分も行かないうちに力尽きて倒れてしまった。その夜、ウィルキー氏はその敗北の模様をふんだんに専門用語を用いて語ったので聞いている者に戦慄を与えるほどだった。
「我が友たちよ、聞いてくれ。なんたる厄運に襲われたことか! ナントの火消し、かの並ぶものなきスティープル・チェース、障害物レースの名馬が芝生のバンケットを通過した後、ブロークン・ダウンの憂き目に遭ったのだ。しかも優勝を浚ったのは? ムスタファだ。アウトサイダーだよ。パフォーマンスの実績もない馬だ。リングでは誰もが大騒ぎだったさ。俺はもう気が狂うかと思ったよ!」
しかしこの敗北に彼はさほど打撃を受けていないようだった。彼の友人であるド・コラルト子爵から聞いていたあの相続の話が目前に迫ってきていたからだ。まるで大きな金色の雲のようなものが彼を包み込み、圧し潰そうとしているかのようだった。ド・コラルト氏が秘密を打ち明けてくれるのは翌日ということになっていた。あと二十四時間待てばいいだけだ。
「明日だよな?」 と彼は喜びと待ち切れなさでうずうずしながら何度も自分に言い聞かせていた。「明日だ!」 今夜は緋色(富と権力の象徴)の雲の下で眠るのだ。自分の夢がすべて実現し、現実となった理想を胸に抱きしめることができるのだという思いで彼は有頂天になった。どんな理想、どんな夢かというと……。
彼が思い描いていたのは、一頭の三分の一しか所有するのではない本当の厩舎だった。彼の気まぐれを満足させるにはいくら金があっても足りないくらいだった。素晴らしい馬車で道行く人々の目を眩ませ、特に上流階級の友人たちを驚かせる。一番腕の良い仕立て屋を雇い、彼のための度肝を抜くような仕立ての服を作らせる。劇場の特別ボックス席で有名どころの女性たちを侍らせ、自分の姿を見せびらかす。パリ中が彼に注目する。彼の催すパーティが新聞に載る。どこへ行っても騒ぎになる。スキャンダルも。彼は粋と言われる。この上なく粋、息も止まるほど粋と……。10.27