エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-VIII-7

2023-07-04 10:02:13 | 地獄の生活
既に出かける支度を終えていたフォンデージ夫人は馬車を迎えにやろうとしていたのだが、マルグリット嬢に一緒に行かないか、と提案した。こんな申し出に乗らない者などいない、と彼女は決めてかかっていた。新商品を取り揃えている店から店を回るのは、買えるか買えないかは別にして、たとえ興味を惹かないものであったとしても、抗しがたい魅力なのだ……。それは大貴族の御婦人たちによってアメリカから取り入れられた習慣で、絹物を取り扱う店の貧しい女店員に絶望感を与えるものであった。一時ごろになると、流行に敏感な若い女性たちがこういった店にどっと押しかけ、布地を見せてくれと要求する。ただ見て回るだけより、その方が面白いのだ。絹の布地を二百メートルほども無駄に広げさせた挙句、彼女たちは夕刻には帰宅するのだが、その一日は無駄に終わったわけではないと満足するのである。中には猛者がいて、このような探検から手ぶらでは帰らない。レースの一片、あるいは手袋など易々と一ダースほどもマントの襞の中に迷い込んでしまうのだ。
さて、それなのに、マルグリット嬢はその申し出を断ったので『将軍夫人』は非常に驚いた。
「片づけなければならないことがたくさんありますので」とマルグリット嬢は付け加えた。なにか理由が必要だと思ったからである。
マダム・レオンは『お嬢様』と違い、そのような理由で家に留まる理由はなかったので、勇んで口を挟み、自分は何軒かの店に知り合いがおり、特にミュルーズ通りのレース飾り専門店では自分が口をきけばかなりお安くしてくれる筈、と主張した。
「いいわ」とフォンデージ夫人は答えた。「貴女を連れて行きましょう……でも身支度は素早くしてね。私が帽子を被っている間にやってちょうだい」
彼女たちは同時に食堂を出た。その後をマルグリット嬢も大急ぎで続いた。自分の心に芽生えた希望が表に出ないよう気を付けながら……。彼女は部屋に戻ると仕切り壁に額をくっつけ、隙間に目を凝らした。マダム・レオンは急いで服を着替え、ショールを肩に掛け、一番綺麗な帽子を選び、小さな鏡にちらりと視線を走らせると、外に飛び出して行き、大声で叫んだ。
「奥様、用意ができましたわ!」
そしてその後すぐ、二人は一緒に出掛けて行った。玄関のドアの閉まる音が聞こえたとき、マルグリット嬢は目も眩む思いだった。もし見えたものを信じるとすれば、マダム・レオンは箪笥の鍵を今脱ぎ捨てていった服のポケットに忘れていった筈である。
彼女の胸の鼓動は呼吸が困難になるほどに高まったが、彼女は隣の小部屋に通じているドアを開け、入っていった……。素早くベッドのところまで行くと、そこに脱ぎ捨てられたドレスのポケットを震える手で探った……。
運命は彼女の味方をした! 鍵はそこにあった……あの手紙が手の届くところにあるのだ。しかしそれは嫌悪を催させる行為であった。鍵を盗み、鍵のかかった引き出しを開け、信書の秘密を侵す……。これは彼女の自尊心を著しく傷つけることであった。彼女はしばらく動かなかった。7.4
コメント