エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-VIII-6

2023-07-01 14:52:23 | 地獄の生活
この瞬間から、彼女の頭は専らこの考えに占領された。なんらかの策がないものかと一心に考え込んだあまり、朝食の間彼女が喋った言葉は十語にも満たず、しかもうわの空であった。
 「あのいまいましい手紙を手にする方法を考えつくことが出来なければ私は単なるお馬鹿さんだわ」と彼女は頭の中で何度も繰り返した。「あの中に書いてあるのよ。パスカルと私が陥れられた邪悪な陰謀の証拠となるような言葉が……」
 彼女がうわの空であることは、しかし幸いにも誰にも気づかれなかった。共に食事をしている者たちは皆それぞれ自分の考えに耽っていたからである。
 マダム・レオンはさっき受け取った手紙について思いを巡らせ、それ以外は専らヤマウズラのトリュフ詰めとシャトー・ラローズの瓶に注意を奪われていた。彼女は美味しいものには目がない方で、自分でも無邪気にそれを認めていた。そして、完全な人間なんていませんものね、と付け加えることを忘れなかった。
 『将軍』は午後に見に行くことになっている二頭の馬のことを止め処もなく喋っていた。彼はそれらを買うつもりであった。貸し馬車にはほとほとうんざりさせられているので、と。それに、さる破産した若い貴族が所有していた繋駕用具の購入は申し分のない投資であると述べていた。その青年貴族は博奕好きであるのと、少し度を越した贅沢好きの金髪女性に入れあげていたこと、及び宝飾店主の訴えにより軽罪裁判所送りになったのであった。
 フォンデージ夫人は、間近に迫ったコマラン伯爵夫人のパーティのことで頭が一杯といった風情であった。準備をするのにあと二週間しかないのだ……。昨日の夕方からベッドで寝ている間、そして今朝起きてからもずっと彼女は頭の中でドレスの生地や色の組み合わせ、スタイルをあれこれと考えていた。そのため偏頭痛を起こしながらも、彼女はついにセンセーショナルな衣装を思いついた。それは新聞の時評欄に載り『シックな』と評され、地方のファッション誌のド・サンタガット男爵夫人やド・ヴィラフォール子爵夫人といった婦人たちに恍惚感を惹き起こすことであろう。
「まぁこれって凄いじゃない!」と彼女はこの閃いた考えにうっとりとなった。「紅茶色のドレス一面に小さな花が刺繍してあって、その下には中国製の厚手の生の絹。裾には大きなバレンシア風の裾飾り。私はその上にパールグレーのクレープのチュニックを羽織るわ。ドレスと同系色のフリンジで縁飾りがしてあって、後ろはバスケットの形になっているものを」
しかし、このような複雑で素晴らしい作品を完成させるためには、どれほどの苦労と手間、そして大騒ぎが必要なことか! 仕立て屋と何度相談を重ねなければならないことか。それに花屋、飾り紐製造業者とも!暗中模索したり、躊躇したり、それに必ず間違いも出てくる! ああ、取り掛かるのに早すぎるなんてことはないのだ!一分たりとも無駄には出来ない……。
コメント