エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-VIII-10

2023-07-16 14:28:34 | 地獄の生活
手紙を元通りにしまって、何事もなかったかのように今まで通りお馬鹿さんを演じ続けるか? いや、そんなことは出来ない。侯爵の犯罪を立証するこのような明々白々な証拠をみすみす逃してしまうなどとは狂気の沙汰であろう。しかし、この手紙をどこかに隠せば当然大騒ぎになり、捜索がなされるであろう。ド・ヴァロルセイ侯爵は打撃を受けるだろうが、完膚なきまでにというわけではないだろう。そしてジョドン医師を抱き込んでの陰謀も誰にも知られることなく終わってしまうことだろう。
最初に浮かんだのは、かの老治安判事に助けを求めに行くことだった。しかし彼にすぐ会うことは出来るだろうか? 彼が住んでいるのはかなり遠く、時間は切迫している……。それでは、あの万相談を引き受けてくれる便利屋のもとに馳せ参じるのは? それとも公証人? あるいは裁判官? この手紙を見せることは出来る、筆写して貰うことも出来る……だが駄目だ。そのやり方では役に立たない。侯爵の力をもってすれば否定することは造作もないことだろう……。
彼女は絶望に襲われ、自分の無能さを呪っていたそのとき、闇を切り裂く稲妻のようにある考えが閃いた。
「ああパスカル! わたしたち、助かる方法があるわ!」と彼女は叫んだ。
すぐさま、それ以上考えることはせずに彼女はマントを羽織り、無造作に帽子を選び、被ってしっかり紐を結んだ。そして誰にも一言も告げず家を出た。
不幸にも彼女はこの界隈に不案内だったので、ピガール通りとノートルダム・ド・ロレッタ通りの交差する角まで来ると、はたと当惑してしまった。道に迷ってしまうのではないかと恐れながらも、彼女は曲がり角の一角を占めている食料品屋に入って行き、震える声で尋ねた。
「恐れ入りますが、ご主人、この近所に写真館があったら教えていただけませんか?」
いかにも惑乱した様子でこういう質問をされ、店の主人はからかわれているのではないかと疑って彼女をじろじろと見た。7.16
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