エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

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2021-05-14 10:29:04 | 地獄の生活

老判事の注意をより惹きつけようとするためか、マルグリット嬢はゆっくりと言葉を続けた。

 「もし私がド・シャルース伯爵にかつて愛した女性を思い出させるのなら、その人はおそらく私の母なのでしょう。『なのでしょう』と言いますのは、私には確信が持てないからです。伯爵に対し真実の糸をたぐっていくのは殆ど不可能なことでした。それほど彼の言葉は矛盾や辻褄の合わないことだらけでしたから。それが本心からなのか計算されたものなのかはさておき……。前の晩私の頭に生まれた推測を次の日の朝になるとぶち壊し、私の考えを迷わせたり頓挫させたりすることにまるで意地悪な喜びを感じているかのようでした」

 「そういうことでしたか……」と判事は呟いた。

 「私が伯爵の言葉の端々にいかに振り回されていたか、神様だけがご存じですわ……。こう言ってもきっとお分かりになりませんわね。私は伯爵の傍で暮らす自分の曖昧でいかがわしい状態に気が狂いそうでした……。誰しも怪しむのは当たり前です。伯爵は私がここに到着する前すべての召使を新しく雇い入れていましたが、マダム・レオンだけは私について一緒にここに来ました。彼女がどんなことを言いふらしていたか、分かったものではありません。いつも、日曜のミサから私が帰ってくる時など、私の周りで囁く声が聞こえたものです。『ほら、ド・シャルース伯爵の愛人だよ』と。ああ、私にはありとあらゆる侮辱が降りかかる運命なのです……。それでも、私にとって疑いようのないことが一つありました。伯爵が私の母を知っていた、ということです。彼は彼女のことをよく口にしました。あるときは澎湃として起こる感情を抑えきれない様子だったので、私は伯爵がその人のことを心から愛していて、それは今でもまだそうなのだと思いました。またあるときは、罵詈雑言と呪いの言葉を浴びせたので、彼女によってどれほど苦しめられ、彼女への恨みがどんなに深いかを考えさせられました。一番何度も繰り返した非難は、何の躊躇も良心の呵責もなく自分の身の安全と評判が傷つくのを怖れたがために私を捨てたと、いうことに対してでした。世界のどこかに娘が卑怯にも打ち捨てられ貧苦の生活に身を委ねているというのに、自分は巨万の富の中で贅沢三昧の生活を楽しんでいられるとは、彼女には心というものがない、想像を絶する人でなしだ、と。私の母という人が当時結婚していたということも殆ど確信を持ちました。彼女の夫の存在を一度ならず仄めかしていたからです。伯爵はその彼をおそろしく憎んでいました。そしてある晩、いつもよりざっくばらんな感じで伯爵は私に話をしてくれたのです。彼がずっと怖れていた大きな危険が私の母もしくはその夫からやって来た、と。その話をした後、彼はいつものように言葉を濁して打ち消そうとしましたが、今度ばかりは真実を言っているという確信が私の頭から消えませんでした。まるまる真実でなくとも、それに近いものだと……」5.14


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