ド・フォンデージ氏はびくっと身を震わせ、顔が蒼ざめた。そして自信なさげな声で言った。
「なんと!なんという戯言を言っておる……あのシャルースだぞ、そんなことが!そんなことがあってたまるか!」
「伯爵は馬車の中で発作に倒れられたのです。五時に歩いて外出なさいましたが、七時前に意識不明の状態で運び込まれました。どこに行ってらしたのか、誰にも分からないのです」
「分からないのか……分からないのか……」
「はい、悲しいことに。亡くなられる前になにか意味不明のことを呟いておられた他には、何もはっきりしたことは仰らずじまいでした」
それからすぐにマルグリット嬢は二十四時間前に繰り広げられた陰々たる場面を手短に語り始めた。彼女が語る内容にこれほど気を取られていなかったら気がついたことであろうが、将軍は話しを聞いていなかった。彼は、治安判事からは仕切り棚で隔てられたド・シャルース伯爵のデスクの傍に座り、デスクの上に肘を乗せ、マダム・レオンが先ほど持ってきたばかりの伯爵宛ての手紙の束を機械的に手で弄んでいた。が、すぐに彼の全注意を否が応でも奪うような一通を発見した。彼がそれを手に取り貪るような眼で凝視したとき手は震え、拳固に握り締められた。顔は蒼ざめ、目が霞み、呼吸は激しくなって音を立て、冷たい汗が髪の付け根から吹き出した。もし治安判事がこの様子を見ていたなら、何か只ならぬ恐ろしいことがこの紳士に起こり彼を動揺させていることが分かったろう。たっぷり五分は経った頃、誰にも見られていないことを確かめると、彼はその手紙をポケットにすばやく滑り込ませた。マルグリット嬢は話を終えた。
「これでお分かりでしょう、おじ様、お金持ちになるどころか、私には安住の地もパン一切れもない身なのです……」
将軍は立ち上がり、書斎の中をでたらめに歩き回り始めたが、彼の全身から痙攣のような激しい興奮が漲っていた。
「そのとおりだ」と彼は心ここにあらずといった様子で繰り返した。「この娘は無一文の身となり、すべてを失った……不幸の極みだ……」
それから突然マルグリット嬢の前で立ち止まり、腕組みをしたまま尋ねた。
「お前はこれからどうなるのだ?」
「神様は私をお見捨てにはなりませんでしょう、将軍」
彼は踵を返し、また歩き回り始めた。両手を振り回し、怒りに我を忘れ、その割にはすらすら出て来る罵り言葉の独り言を口にした。6.29
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