エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

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2021-10-07 08:52:50 | 地獄の生活

XV

 

 

 フォルチュナ氏は小走りに店を出た。カジミール氏が追いかけてくるのではないかと思い、不安で身体が震えていた。しかし二百歩ほど走ったところで立ち止まった。呼吸を整えるためというより、混乱した頭を整理するためだった。まだそのような季節ではなかったが、彼はベンチに腰を下ろした。

 あの店の狭い個室の中で次第に酔っ払っていく相手と過ごした数時間は、彼には耐えがたいほどの苦痛だった。彼は正確な情報を得たいと思い、実際にそれを得たものの、それは彼の抱いていた希望を打ち砕くものだった。

 ド・シャルース伯爵の相続人の消息は誰にも分かっていないものと確信していた彼は、自分でその相続人を見つけ出し、何百万もの金が入るのだと教える前にうまく丸め込むつもりだった。

 ところがどうだ。消息を絶ち疎遠になったとばかり思っていたその相続人はずっとド・シャルース氏を監視していたばかりか、自分の権利をちゃあんと知っており、それを活用せんと待ち構えていたではないか。

 「俺のポケットに収まっているのは、間違いなく伯爵の妹が書いた手紙だ……」彼はつぶやいた。「自分の家に伯爵を迎えることはしたくないか、あるいは出来ない事情があって、彼女は慎重にとある邸に会いに来いと言っている……それにしてもこのハントレーという名前は一体何だ? そういう名前なのか、それともこの場合だけのための偽名なのか?彼女が駆け落ちした男の名前か? ……彼女が別れて暮らすようにしている息子の名前なのか?」

 ああしかし、いろいろと想像を逞しくしてみても何の役にも立たぬではないか! 要するに、はっきりしているのは彼には金が入ってこないということだ。ド・ヴァロルセイ侯爵のために被った赤字をそこで穴埋めすることを当てにしていたのに。彼にとっては四万フランをまた新たに失ったも同然であった。このときの気分としては、侯爵との絆を断ったことが悔やまれるほどだった……。しかし、彼は一度立てた決心を、たとえそれがどんなに望みのないものに見えようとも、一か八かやってみることもなく放棄するような男ではなかった。突然の驚くべき運命の変わり目というものが如何に些細な行為によって引き起こされるか、を彼は知っていた。

 「この妹とやらに会ってみたいものだ……」と彼は考えた。「その女がどんな立場にいるか、何を企んでいるか知りたい……。もし相談相手が必要なら、俺がなってやろう……何が起こるか分からんぞ……」10.7


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