というわけで、あくる朝彼がいかに念入りに身だしなみを整えたかは言うまでもあるまい。これはそんじょそこらの会見とは違うのだ。自分の全身を一目見ただけで侯爵を驚かせ、魅了するのでなければならない、と彼は決心していた。非常に凝っていながらも無造作に見え、この上なくエレガントでありながらも至極シンプルであるためには、つまり一言で言うと上品かつ息をのむほどお洒落であるにはどうすれば良いか? この難題と格闘することで彼はすっかり時間を忘れてしまっていた。あまりに夢中になっていため、彼を迎えに来たド・コラルト氏の姿が見えた時、彼は思わず叫んだ。
「もうそんな時間か!」
鏡の前で身のこなしや姿勢、目新しいエレガントな挨拶の仕方や座り方をあれこれと試していた時間は、ほんの五分ぐらいに彼には思えていたからだ。まるで観客から拍手喝采を浴びようとする役者がリハーサルを重ねるように……。
「もう、とはどういう意味だ」と子爵は答えた。「私は十五分も遅れて来たのに……。支度が出来ていないのか?」
「出来てるよ、ばっちり」
「なら出発だ。急ごう。下に馬車を待たせてある」
道中は静かに過ぎた。フェルナン・ド・コラルト氏の白い滑らかな肌は通常なら若い娘を羨ましがらせるほどなのだが、今日は顔がむくみ、赤いブツブツが出来ていたし、蒼い隈が目の周りに広がっていた。それに非常に機嫌が悪そうに見えた……。
「きっと昨夜よく眠れなかった所為だろう」とウィルキー氏は考えた。彼の鋭い観察眼は的を外したことがないのだ……。「俺みたいに鋼鉄のメンタルを持っているわけじゃないからな」
実際のところ、ウィルキー氏は昨夜一睡もしなかったにも拘わらず全く疲れを感じていなかった。ただ、何か新しいことを始める際に必ず訪れる不安、そして理由の分からない喉の渇きを感じているだけだった。生まれて初めて、そしておそらくこれが最後であろうが、彼は自分の能力に疑問を覚え、自分が『やり抜く』ことが出来るかどうか、不安になった。
さて、ド・ヴァロルセイ侯爵邸が目前に見えてきたが、それは彼にいつもの自信を取り戻させるような種類のものではなかった。中庭に入ると、主人のフェートン(前に御者席、後ろに二人用客席のある無蓋四輪馬車)が馬に繫がれ待機しており、厩舎と車置場の門が開かれていたので、一頭ごとに仕切られた区画の中でグランプリ級の馬が足踏みしているのと、立派な屋根の下に並んでいる馬車の列が見えた。12.20
「もうそんな時間か!」
鏡の前で身のこなしや姿勢、目新しいエレガントな挨拶の仕方や座り方をあれこれと試していた時間は、ほんの五分ぐらいに彼には思えていたからだ。まるで観客から拍手喝采を浴びようとする役者がリハーサルを重ねるように……。
「もう、とはどういう意味だ」と子爵は答えた。「私は十五分も遅れて来たのに……。支度が出来ていないのか?」
「出来てるよ、ばっちり」
「なら出発だ。急ごう。下に馬車を待たせてある」
道中は静かに過ぎた。フェルナン・ド・コラルト氏の白い滑らかな肌は通常なら若い娘を羨ましがらせるほどなのだが、今日は顔がむくみ、赤いブツブツが出来ていたし、蒼い隈が目の周りに広がっていた。それに非常に機嫌が悪そうに見えた……。
「きっと昨夜よく眠れなかった所為だろう」とウィルキー氏は考えた。彼の鋭い観察眼は的を外したことがないのだ……。「俺みたいに鋼鉄のメンタルを持っているわけじゃないからな」
実際のところ、ウィルキー氏は昨夜一睡もしなかったにも拘わらず全く疲れを感じていなかった。ただ、何か新しいことを始める際に必ず訪れる不安、そして理由の分からない喉の渇きを感じているだけだった。生まれて初めて、そしておそらくこれが最後であろうが、彼は自分の能力に疑問を覚え、自分が『やり抜く』ことが出来るかどうか、不安になった。
さて、ド・ヴァロルセイ侯爵邸が目前に見えてきたが、それは彼にいつもの自信を取り戻させるような種類のものではなかった。中庭に入ると、主人のフェートン(前に御者席、後ろに二人用客席のある無蓋四輪馬車)が馬に繫がれ待機しており、厩舎と車置場の門が開かれていたので、一頭ごとに仕切られた区画の中でグランプリ級の馬が足踏みしているのと、立派な屋根の下に並んでいる馬車の列が見えた。12.20
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