エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

1-VII-2

2021-03-07 10:43:28 | 地獄の生活

「おお、さようか!」

既に治安判事は、シャルース伯爵邸で昨夜及び今朝起きたことについてカジミール氏と同じくらい情報を得ていた。ここまで来る道中、彼はブリジョー氏にそれとなく質問を少なくとも二十は浴びせ、事の次第をすっかり把握していたからだ。

「もしもお望みでしたら」カジミール氏は食い下がった。「わたくしからご説明いたしますが……」

「いや、それには及ばぬ! すぐに我々を案内してくれれば……」

『我々』という言葉にカジミール氏は驚いたが、その謎は玄関前の階段にさしかかるとき解けた。そのとき初めて治安判事の陰に隠れるように歩いていた元気旺盛で陽気な風貌の男が見えたのである。彼は黒いなめし皮の書類で膨れた鞄を抱え、それには金文字で『書記』と書かれてあった。この男は書記官だったのだ。彼はこの職業にも自分自身にも満足している様子だった。カジミール氏の後をついて歩きながら豪華絢爛たるシャルース伯爵邸を、そのモザイク模様の玄関、大理石、フレスコ画の描かれた壁など、を競売吏の目で眺めまわしていた。おそらく彼は頭の中で、この階段の装飾ひとつを取っても書記官の給料と判事のささやかな手当(治安判事は素人の地方名望家による名誉職で基本的に無給)の何年分に当たるかを計算していたのであろう。

ド・シャルース氏の寝室の入り口で判事は立ち止まった。カジミール氏のいない間に部屋の様相は変わっていた。まず医者が姿を消していた。それからベッドが儀式用に安置され、枕元には銀の燭台が白い布で覆われたテーブルの上に置かれ光を放っていた。それからマダム・レオンが二人の女中に伴われて自室に上がって行き、聖水を入れた陶器の器と枯れ枝を一本持って降りて来ていた。彼女は讃美歌を歌いながら、ときどき枝を水に浸してはベッドに振りかけていた。二つの窓は寒さにも拘わらず半分開かれ、暖炉の前の大理石の上に赤々と燃えるストーブが置かれ、召使が酢と砂糖の粉を代わる代わる火の上に振りかけ、そこから濃い煙が螺旋状に立ち上り部屋一杯に立ち込めていた。

治安判事の姿を見ると皆が立ち上がった。判事はかなり長い間検査するように見回した後、恭しく帽子を脱ぎ、部屋に入った。

「何故このようにたくさんの人々が集まっておられるのかな?」と彼は尋ねた。

「私の考えでこういたしました」カジミール氏が答えた。「と申しますのは……」

「あんたはちょっと……」判事はむっとした様子で遮った。

既に書記は鞄から紙とペンを取り出し、判事が自分の執務室でブリジョー氏の要請により書き上げた命令書を読み返していた。この命令により彼はこれから封印の作業に入ろうとしていた。判事の方は、部屋に入ったときからその目はマルグリット嬢にくぎ付けになっていた。彼女は蒼ざめ、目を泣き腫らして暖炉の近くに立っていた。ついに判事は彼女の方に歩み寄り、深い同情を湛えた声で尋ねた。

「あなたがマルグリット嬢ですね?」3.7


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