VII
シャルース伯爵邸に今到着せんとしている人物は、治安判事という単純にして偉大な名前が呼び起こすイメージを総身に具現しているような男だった。一族の長あるいは調停を司る司法官として、また不在者あるいは弱者の利益を護る清廉の士として、あるいは近親者間の痛ましい争いの分別ある仲裁者として人々が思い描くような、かのトゥーレ(フランス革命時、ジロンド党員として活躍し、後に憲法制定国民議会の中心人物となった)が演壇で見せたような経験豊富な有徳の士、受けを狙う人気取りとは無縁の温情溢れる裁きをする賢者ならばかくもあらんというような人物である。治安判事には法律により、門を開け放してさえあれば自分の家で審問を開く権限が与えられていた。
この男は五十才をはるかに越え、痩せ型で背が高く、やや猫背で昔風の服装をしていたが、古色蒼然でも滑稽でもなかった。彼の顔つきは柔和で殆どお人好しというような印象を与えた。が、彼を甘く見てはいけないということは、その厳しく鋭い眼差しからすぐに察することができた。その眼光は心の奥底に隠された真実を見抜き震え上がらさずにおかないような力を持っていた。その上、公衆の面前でひとり熟考せねばならぬことに慣れた男なら誰でもそうであるように、彼はじっと動かぬ無表情を保つことが出来た。すべてを見、聞き、疑い、理解することを、顔の筋肉を一筋も動かさずやってのけた。
しかしそれでも彼の法廷に詰めかける傍聴人の常連たち、出廷する訴訟代理人たち、その書記に至るまで、誰もが彼の考えていることを読み取ることが出来ると断言していた。彼が指にはめている立派な宝石を嵌め込んだ指輪の動きがバロメーターになるという……。彼の良心が痛むような難しい事件の場合はどうなるか?彼の目は自分の指輪の上に注がれたまま動かない。満足のいく場合は指輪を持ち上げ、第一関節と第二関節の間で指輪を行きつ戻りつさせる。不満なときは、指輪の石をぐいと内側に回す……。
いずれにせよ、飾り気のない一本気な彼の性格はカジミール氏を怖れさせるに十分だった。数歩のところまで近づいた彼に向かい、日ごろは不遜な態度の下男のカジミール氏が口をすぼめて愛想笑いを浮かべ、背中を丸めて深々とお辞儀をし、飛び切りの猫なで声で言った。
「判事様に来ていただくよう手配致しましたのは僭越ながら私でございます」3.6
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