「ああ、ちょっとしたことなんだ」とフォルチュナ氏は答えた。「簡単なことだよ……」
そう言って彼は半ば無意識に自分が座っていた椅子をシュパンの傍に引き寄せた。
「その前に一つ質問がある、ヴィクトール……ひとりの女が若い男を見ているとする。道でも、劇場でも、どこでも構わない。それが息子を見ている母親の顔だとお前は見分けることができるか?」
シュパンは肩をすくめた。
「どんな質問かと思ったら!」と彼は答えた。「なぁんだ、そんなことか、フォルチュナさん。俺、間違いっこないっすよ。俺が夜うちに帰ったときのお袋の目を思い出しゃいいんです。可哀想なお袋は殆ど目が見えないんすが、俺の顔は見えるんです。つまりはそういうことっすよ。もしお袋に良い顔させたかったら、俺よりも心が優しくて感じの良い奴はパリ中で一人もいない、って言わないと駄目ですよ」
フォルチュナ氏は思わず両手を擦り合わせた。自分の考えがこれほどよく理解され、完璧に表現されたことに対し有頂天になってしまったのだ。
「よし、結構だ!」と彼は断言した。「大変結構!これぞまさしく叡智というものだ。お前を見込んでいた私は正しかった!」
ヴィクトールは好奇心ではち切れそうになっていた。
「一体どういうことなんです?」と彼は聞いた。
「つまりこういうことだ。ある女を尾行して貰いたい。どこへ行こうと決して目を離すことのないように。しかも相手に気づかれないように上手くやるんだ。その女は私が指さして教える。彼女が何に目を向けるか、視線の先に注意するんだ。で、彼女の目を見て、息子を見ているとピンと来たら、お前の仕事は終わったも同然だ。後は息子の方の後をつけて、彼の名前、住所、何をして日々の暮らしを立てているか、を見つけ出す……お前私の言ってることがちゃんと分かっているんだろうな……」
この疑いがフォルチュナ氏の中に頭をもたげたのは、シュパンの顔に驚きと不満の表情が表れたからであった。
「すいません、旦那」と彼は言った。「俺、よく分からないんですが……」
「なに、ごく簡単なことさ。問題の女には二十歳ぐらいの息子がいるんだ。それは分かっている、確かなことだ。ただ、彼女はそのことを否定し、隠している。息子の方では彼女を知らない。しかし彼女はこっそりと息子を監視しているんだ。息子に生活費が渡るようにし、毎日息子の顔が見られるようにしている……つまるところ、この息子というのを見つけることが私の狙いなのさ」
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます