エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-V-11

2023-01-09 12:16:46 | 地獄の生活

彼女はうなだれ、殆ど聞き取れないような声で言った。

 「わたしに自由があったでしょうか!自分より強い力に従う他なかったのです……ああ、コラルトの脅しがどんな恐ろしいものか、貴方に聞いて貰いたかった! あの男は私の秘密を嗅ぎ付けました。ウィルキーを知っているんです。わたしはあの男の言いなりになるしかありませんでした……ああそんな風に眉を顰めないで。言い抜けしようなどと思っているのではありません。すべてをお話しますわ。わたしの置かれている立場はそれは惨いものです。貴方以外に心を打ち明けられる方はいません。わたしを助けに駆けつけてくださるのは貴方だけです。聞いてください!」

 そして彼女は早口に語った。ド・コラルトから脅しを受けている状況、ド・ヴァロルセイ侯爵の深慮遠謀について聞き知ったこと、フォルチュナ氏から不気味な訪問を受け忠告された内容、彼女自身感じている怖れ、そして今やマルグリット嬢を敵の悪巧みから救い出そうと固く決心していることなどを。

 男爵は座って聞きながらも興奮に息を弾ませていた。カードゲームで最高潮の緊張場面を迎えたときよりもずっと心を奪われていた。マダム・ダルジュレの説明はパスカル・フェライユールからの打ち明け話を補完するものであり、ド・ヴァロルセイ侯爵から聞いた思いがけない誓いの意味も頷けた。今や男爵はド・シャルース伯爵の何百万という財産を巡る腹黒い陰謀の存在を疑わなかった。まず目的を明確に把握すれば。そこに至る方法も見えて来る筈、と彼は考えた。破産状態にあるド・ヴァロルセイ侯爵が、同じく一文なしであるマルグリット嬢との結婚を何故あれほどまでに望んでいるのか、その理由がようやく分かった。

 「あの悪党は」と彼は考えていた。「マダム・ダルジュレがシャルース一族の人間だということをコラルトから聞いたのだな……。マルグリット嬢を妻に迎えれば、マダム・ダルジュレに兄の遺産相続を強要し、自分と山分けできると踏んだのだ」

 マダム・ダルジュレはここで話を終えた。

 「それで、これから」と彼女は言葉を続けた。「どうすべきでしょうか? 何をすればいいのでしょう?」

 男爵は顎を撫でていた。彼が何か考え事をするときの癖なのだ。

 「手始めに」と彼は答えた。「コラルトとヴァロルセイの目論見を白日の下に曝し、あの健気なフェライユール氏の名誉を回復します。これをするのに十万フランほどかかるでしょうが、なに、惜しくはありません。来年の夏には三、四万ほどを失うことになるんですから。同じ金を遣うなら、良いことに遣いたいものです。我が友ブラン株の配当金を増やすことなどより……」1.9


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