彼女は何も言えなかった。たとえ息子ウィルキーの命を救うことになるたった一言があったとしても、マダム・ダルジュレはそのひと言さえ言えなかったであろう。男爵がどのような苦しみのため一種の精神的な自殺へと追い込まれていったか、彼女には分かった。それが一日十二時間、丸一週間続く五十万フランを賭けたカードゲームだったのだ。
「しかしそれだけではない」と彼は再び話し始めた。「聞いてください。貴女には何度も話したことですが、私の妻は私の不在中に子供を産んだのです。私は何年もの間、この呪われた子供を探し続けていました。この子供を辿っていけば父親に行き着く筈と考えて……。そして私はついにその子供を見つけた! その子は今や美しい娘に成長し、ド・シャルース邸に、つまり父親のすぐそばに住んでいました。名前をマルグリットという」
マダム・ダルジュレは壁にぐったりと寄り掛かり、両手は力なく垂らしたまま、身体を木の葉のように震わせて聞いていた。しかし彼女が本当に聞いているかどうかは疑わしかった。目は虚ろに、悲嘆に打ちひしがれていた。それほどに事態は彼女の予想を越える悲惨さを帯びていた。数奇な現実は悪夢の狂おしさの何倍にも思われた。彼女の理性は何度も打撃を受け右に左に揺れていた。彼女の息子、兄、マルグリット、パスカル・フェライユール、コラルト、ヴァロルセイ……彼女の愛する、あるいは恐れ、あるいは憎むこれらの人々が混乱した彼女の脳裏に亡霊のように現れては渦巻いていた。男爵が冷静なだけに彼女の混迷はますますその度合いを深めていった。これまで幾度も男爵が天を衝く凄まじさで苦痛や憎悪を吐き出すのを見て来た彼女は、彼がこのように落ち着いているのが信じられなかった。この平静さは上辺だけのものではないか? 恐ろしい怒りの爆発を今のところ隠しているだけではないのか?1.1
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