その間も彼は言葉を続けていた。
「このように運命というものは私達を弄び、私達の計画を嘲笑うものなのだ……。貴女も覚えているでしょう、リア、私たちが初めて出会ったときのことを。貴女は腕に子供を抱えパリの街を彷徨っていた。身を寄せる家もパンもなく、蒼ざめ、疲労と空腹で憔悴しきっていた。死以外に避難場所はなかった、と貴女は後で言いましたね。あのとき私が自殺から救った女が、私の最も憎む敵、憤怒の限りをもってその命を狙わんとして果たせずにいたその男の妹であったとは! そのようなことを一体誰が想像できますか!」
男爵の息づかいは激しくなって行き、機械的に手で額を何度も拭った。そうすれば彼に執りついていた考えを振り払うことが出来るかのように。
「どのようにしても、とても言い尽くすことは出来ません」彼はぞっとするような笑みを浮かべながら続けた。「伯爵は死んだ。だがそれでも恥辱に対し恥辱を返してやることはできる……。彼は私の名誉を汚した。今度は私が、彼に消すことの出来ぬ汚名の烙印を押してやるのだ。彼があれほど自慢にしていたド・シャルースという家名に泥を塗る! 彼はかつて私の妻を誘惑した。今それを私がパリ中に知らしめてやる。彼がどんな奴だったか、彼の妹がどんな運命を辿ったかを!」
ああ、これだったのだ。これこそマダム・ダルジュレの恐れていたことだった。彼女はへなへなと床に跪き、両手を合わせ、声を振り絞って懇願した。
「ど、どうか御慈悲を!」彼女の言葉は途切れ途切れになった。「後生ですから、お許しください!……どうか私を憐れとお思いになって……わたくし、今まで、いつだって貴方の忠実な友だったではありませんか。貴方が過去のことを仰るなら、このことも思い出してください。貴方が背負っていらっしゃる耐え難い苦しみを共に分かち合ったのは誰でした? あなたも自殺しようとなさったことがありましたね。そのとき優しい言葉で貴方に自殺を思い留まらせたのは誰? 私ではありませんか!」
彼は一瞬ほろりとして彼女を見た。大粒の涙が彼の頬を伝わった。それから、やにわに彼女の上に身を屈めると、彼女を立ち上がらせ、肘掛け椅子に座らせると叫んだ。
「さぁさぁ……私が実際はそんなことなどしないということを貴女はよく知っているじゃあありませんか! 私という人間を分かっているんじゃなかったんですか! 私が貴女のことを大事に思っていて、私にとって特別な人だということが分からない筈がない!」
彼は自制心を取り戻し、感情を制御しようと懸命に努力していることが見て取れた。
「それに」と彼は付け加えた。「ここへ来る前に、既に私は許していましたよ。愚かなことでした。何があろうとこのことを社交界で言い触らしたりする気はありません。しかし事実はそういうことです。1.3
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