エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-IV-1

2022-10-16 10:28:45 | 地獄の生活

IV. 

 

 あの抜け目ないフォルチュナ氏ともあろう者が、何故日曜日を選んでしまったのであろうか。しかもヴァンセンヌで競馬の行われる日曜日に、ド・コラルト子爵の魅力的な友人であるウィルキー氏宅を訪れ、自らの存在を知らしめたのであった。この失敗の原因は彼の不安にあったのかもしれないが、だからと言ってそれを正当化することは出来ない。

他の日であったら、これほど無礼に厄介払いされることはなかったであろうに。彼は自分の提案を滔々と述べ、結局は断られることになったかもしれないが、そこからどういう発展があったかもしれないのだ。しかし、その日は競馬の行われる日だった。ウィルキー氏は自分がその三分の一の所有権を持つ障害物レースの競走馬『ナントの火消し』を視察せねばならず、同じく三分の一しか権利がないとは言え、騎手の雇い主としていろいろと命令を下さねばならなかった。なんと素晴らしい仕事であろうか! 哀れな駄馬の共同出資者であるということが、ウィルキー氏の唯一の社会的ステータスを物語るものであった。彼の属する世界では、これがモノを言うのである。というわけで彼のエルダー通りのアパルトマンには乗馬鞭とか拍車が飾ってあり、彼はいっぱしの競馬愛好家のふりをすることが出来たのだ。

それだけではない。彼は自分の登場が競馬場で待ち望まれているとうぬぼれていた。自分は晴れの舞台になくてはならぬ存在だと思っていたのである。ところが彼が葉巻を口に咥え、証明書を帽子に挟み、さっそうと騎手の計量場に姿を見せたとき、熱狂的な迎えは受けなかったことを認めねばならなかった。ある驚くべきニュースが競馬に賭ける人々や単なる競馬ファンたち---ウィルキー氏の言葉を借りるなら賭博者席にたむろする連中---の間を駆け巡り、ただならぬ興奮を惹き起こしていた。人々は多くの英語を使ってド・ヴァロルセイ侯爵がレースを棄権し、彼の持ち馬のすべてを引き上げさせる決定をしたという話をしていた。情報通の者たちは、その前夜馬券売り場で侯爵が自分の厩舎すべてを売りに出すと公言していた、という話をしていた。このように決定することで侯爵が自分に向けられた悪い噂を一掃できるであろうと期待していたなら、その思惑は失敗に終わった。噂はますます大きくなっていったが、それは彼が先週の日曜日のレースで密かに自分の『ドミンゴ』ではない別の馬に賭けており、ドミンゴを勝たせぬよう命令していたというものだった。大人気のドミンゴには多額の金が賭けられており、損をした者たちは面白くなかったのだ。10.16

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2-III-22

2022-10-12 07:26:10 | 地獄の生活

突然すばやい動作でパスカルは男爵を遮った。彼の目に希望が輝いていた。

 「そうです、男爵」と彼は叫んだ。「ド・ヴァロルセイ氏の身辺にある男を送り込むのです。観察眼があって、使える男だと思わせることが出来、必要ならば彼の役に立つこともできる男を……。僕にやらせてください、男爵、お願いします。たった今あなたのお話を聞いて思いついたのです。ド・ヴァロルセイ氏のもとに僕を使いに出してください。あなたが彼のもとに遣わすと約束なさった代理人というのに僕をならせてください。向こうは僕を知りませんし、僕は見破られないように応答できる自信があります。あなたから言われて来たと自己紹介すれば、向こうも僕を信用するでしょう。あなたからのお金か約束手形を持っていけば、快く迎えてくれるでしょう。そうです、すっかり計画ができました……!」

 と言って彼は途中で言いさした。

 ドアをノックする音が聞こえ、下男が表れ、ある緊急事態のために使用人が一人やってきて面会を求めていると告げた。

 「入るよう伝えろ」と男爵は命じた。

 入って来たのは、マダム・リア・ダルジュレの忠実な召使ジョバンであった。彼は恭しく一礼すると、謎めいた口調で言った。

 「男爵様を探して至る所を駆け回りました……マダムから、男爵をお連れするまでは帰ってきてはならぬ、と厳命されております」

 「分かった。一緒に行こう!」

 

 

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2-III-21

2022-10-10 09:27:37 | 地獄の生活

「いいですか」男爵は再び口を開いた。「このことの背後には私たちの想像もつかない何か良からぬ謎があるようです……」

「僕の母も同じことを言っていました」

「ああ、マダム・フェライユールもそういう御意見なのですね!……賢明なお方だ。それではもう少し考えてみましょう。マルグリット嬢はあなたを愛していたのですね……」

「はい」

「ところが突然、彼女はあなたを遠ざけた」

「彼女は手紙でこう言ってきました。ド・シャルース伯爵が死の床で、ドヴァロルセイ侯爵と結婚することを彼女に誓わせた、と」

男爵は椅子から飛び上がった。

「待った!」彼は叫んだ。「ちょっと待ってください……ここに真実に辿り着く手がかりがあるかもしれませんよ。マルグリット嬢はあなたに手紙でそう言ったのですね。死を前にしたド・シャルース氏が、侯爵と結婚するようにと彼女に命じた、と! ということは、ド・シャルース氏は息を引き取る前にはっきり意識があったということではないですか! ところが一方、ヴァロルセイはマルグリット嬢が一文無しなのは、伯爵の死があまりにも突然訪れたため、彼には文をしたためることもサインすることも出来なかったからだ、と言っています。この二通りの話に折り合いをつけられますか、フェライユールさん? 答えは明らかにノンだ。どちらかが間違っているに違いない。どちらが? それを突き止めねばなりません……。今度マルグリット嬢に会うのはいつですか?」

「彼女は、もう二度と会おうとしないで、と僕に命じたのです」

「それならば、その命令には背かなければなりません!誰にも悟られないように彼女と連絡を取る方法を考えねばなりません。彼女は見張られているでしょうから、手紙を書くのは論外です!」

 彼はしばし思いに耽っていたが、その後言った。

 「ヴァロルセイとコラルトが道徳的な意味での共犯者であることにはおそらく間違いはなかろうと思われます。しかし、そのことと物的な証拠を揃えることの間には大変な隔たりがあります。二人の悪党が罪のない人間から金を巻き上げようとする際に公証人の前で契約書を交わすことはあり得ませんのでね。証拠が必要です! しかしどこで証拠が得られるでしょう? 誰かヴァロルセイに近い者を抱き込む必要があります。それか、彼を見張り、うまく彼の信頼を得られるように立ち回れる人間をこちらから送り込むことです……」10.10

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2-III-20

2022-10-08 10:07:47 | 地獄の生活

私たちはあなたの名誉を回復させるのです!あの卑劣なコラルトの仮面を剥いでやりましょう。ヴァロルセイをやっつけましょう、もし彼が本当にあなたを陥れたおぞましい事件の首謀者ならば。

 「なんですって! 彼と話した後でもまだ疑いを持っておられるのですか!」

 男爵は首を振った。

 「ヴァロルセイが破産状態であることは」と彼は答えた。「疑いの余地はありません。彼に十万フランを貸したとすればそれは返ってこないと賭けてもいい。指弾されているように、彼が自分の持ち馬以外に賭けて、自分の馬が勝たないように命じたということは断言してもいい」

 「よく分かっていらっしゃるじゃありませんか……」

 「ええ、ですがちょっと待ってください……あなたの非難と彼の言葉の間には大きな食い違いがあります。彼はマルグリット嬢のことなどどうでもいいと思っている、とあなたは仰いますが、彼は彼女を崇拝していると言う……」

 「ええ、男爵、あの男は卑劣にもそう断言しました! ああ、自分の復讐が台無しになる心配さえなかったら僕は……」

 「あなたの気持ちは分かります。しかし最後まで言わせてください。あなたは、マルグリット嬢には何百万という財産があると言う。ところが彼が言うには、彼女には十万フランの持参金もないと。どちらが正しいのですか? 私には彼が正しいように思えます。彼が十万フランを借してほしいと言ってきたことがその証拠です。それに、明日にもばれるような嘘をわざわざ今日言い立てには来ないでしょうから。つまり、もし彼の言っていることが本当なら、彼の結婚とあなたを陥れた奸計を彼の金銭欲で説明するのは不可能です」

 この辻褄の合わなさは既にパスカルの頭にも浮かんでいた。が、だからといって彼を圧し止めることはなかった。彼は考え込み、彼にはもっともらしいと思える説明をひねり出した。

「コラルト氏とヴァロルセイ氏が僕を陥れる計画を立てたとき、ド・シャルース氏はまだ死んではいなかったのではないですか」と彼は言った。「つまり、マルグリット嬢はまだ何百万という財産を持っていた」

「それもひとつの答えですね……その企みが成った翌日、二人の共犯者たちは自分たちのしたことは無駄であったと知ることになる……あなたの考えを辿るとこうなります……ですが、それでも侯爵が固執したのは何故ですか?」

パスカルはその答えを探したが見つからず、黙っていた。10.8

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2-III-19

2022-10-07 08:28:29 | 地獄の生活

「ああ、それが分かれば!」

「最初に浮かぶのは復讐、ということではありませんか? 私の場合はそうでした。しかし、誰に復讐するのか? ド・シャルース伯爵? 彼は死にました。私の妻に? そうすべきかもしれませんが、私にはその勇気がない。残るはマルグリット嬢だ……」

「しかし彼女に罪はありません。男爵、彼女があなたに対しどんな悪いことをしたというのですか!」

この叫びは男爵の耳に届かないようであった。

「どうすればいいかだ」彼は言葉を続けていた。「マルグリット嬢に生涯最も惨めな人生を送らせるために何をすべきか……侯爵と結婚させるだけでいい……そうすれば自分が生まれたことの罪を残酷に贖わせることになる……」

「でも、あなたはそんなことはしないのです!」とパスカルは我を忘れて叫んだ。「それは最も恥ずべき行いです。僕が許しません。決して、決して、神に誓って言いますが、僕の生きている限り、ヴァロルセイはマルグリットを妻にすることはありません。僕が申し込む決闘で僕が命を落とすことはあるかもしれません。彼がマルグリットを教会まで引き摺って行くことはできるかもしれませんが、そこに僕がいます、武器を持って。僕が正義を行います。その後僕のことはどうにでもすればいいでしょう!」

男爵は尋常でなく心を動かされ、彼をじっと見ていた。

「ああ! あなたは人を愛することのできる方だ!」

それから、呟くように付け加えた。

「かつて私も、マルグリットの母親を同じように愛していたものだ!」

 朝食はまだ片づけられておらず、テーブルの上に水の入ったピッチャーが置かれたままになっていた。男爵は大きなコップ二つに続けさまに水を注ぎ、ごくごくと飲み干した。それから部屋をむやみに歩き回り始めた。

 パスカルは黙っていた。この男の頭の中で蠢いているものが自分の運命であるような気がしていた。彼が何を決定するか、に自分の未来が掛かっている……。審判を待つ被告人でもこれほどは、と思われるような苦しい時間が流れた。

 一分ほどだったが、果てしなく思えた時間の後、ついに男爵は立ち止まった。

「これまで申したのと同じように、フェライユールさん」と彼はぶっきらぼうに言った。「私はあなたの味方ですし、あなたと共にあります……さぁ、握手してください……そう、これでいい! 悪党どもが勝ち誇っているとき、正直な人間はお互い助け合わねばなりません。10.7

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