二日ぶりに母に会いに行ってきた。
用があったとはいえ、二日もあけてしまったことを後悔しながらだった。
部屋に入ろうとしたら、おむつ交換だったので少し待った。
談話室のようなところで待っていると、一面の面ガラス窓の向こうのテラスで
車いすに乗った患者さんの姿が見えた。
山の上の爽やかな外気を浴びて気持ちよさそうだ。
母と同じくらいの年齢で、看護師さんと家族の方が二人に付き添われている。
車いすの背に体を預けているけれど、よく見ると自力で体を動かせるようだった。
母にはこういうことも無理なのだろう。
少しして行ってみると、おむつ交換は終わっていた。
母は目を閉じていた。
でも、まだ眠ってはいないだろうと、耳元で呼びかけてみる。
「母さん」
すると、少し驚いたように目を開けた。
前回と私と見る目が違う。
「○○子だよ」
と名前を言うと、うんうんと頷く。
そして、細くなった手を伸ばしてくる。
その手をそっと握ったら握り返してきた。
涙が出てくる。
母はまだここにいた。
去ってしまったのではなかった。
多分、母は目もはっきりとは見えなくなっているのだろう。
前回私だということがわからなかったのは、
私が名乗らなかったからだ。
そういえば、母さんという呼びかけもしなった。
そのうえ、二日も一人ぼっちで、きっと心細かっただろうと思う。
「母さん、大好きだよ」
と言葉が自然に出てきた。
うんと頷いた表情は確かに母親の顔だったと思う。
子供の時にエプロンの端を引っ張って「大好き」と言ったら、何時も抱き寄せてくれた。
久しぶりに母に甘えている気持ちになった。
母の手を握り、もう一方の手で撫でて居るとは母が何か言いたそうにする。
何?ときくと、小さな声で
「私、か・・・・の?」
聞き取れなくて、もう一度何?ときいたら、もう何も言わなかった。
一言がやっとなのかもしれない。
一緒に旅行に行ったときのことなど話しかけると、
時々うんと頷くけれど、わかっているとは思えない。
かえって疲れさせるだけだと気が付いた。
「もうお昼ねしてね」
そう言いながら、できるだけそっと手を離す。
手を振っても振り返すことはないけれど、目はずっと私を見て居た。
少し切ない。
帰りに車を運転しながら、母が何が言いたかったか考えていた。
「私、か・・・・の?」
もしかしたら、
「私、帰れるの?」
だったのではないかしら
きっとそうだと思う。
母は帰りたいのだ。
どこへ?
今までいた施設?
一人で暮らしていた部屋?
それとも、父、私、弟と4人で暮らしていた家?
どこにも帰れないのよ、母さん
涙が止まらない・・・